2010.02.09 Tuesday
『すきまのおともだちたち』江國香織

すきまのおともだちたち 江國香織 こみねゆら・絵/集英社文庫
庭で育てたレモンの木からレモネードを作り、針仕事で暮らしている「おんなのこ」。両親は最初からなく、車も運転できる古びた「お皿」と住んでいる―。仕事で訪れた街で道に迷い、帰れなくなった新聞記者の「私」は、客として彼女たちにもてなされることになるのだが…。けっして変わらないものが存在し続ける、そんな場所で出会った、小さな女の子との、いっぷう変わった長い長い友情の物語。
江國香織さんと山本容子さんの素敵なお話『雪だるまの雪子ちゃん』を読んで、その愛らしさ、不思議だけどどこか懐かしくて温かな世界に夢中になってしまいました。
江國さんの描く童話にまた浸りたい、とそれはもう渇きを潤すかのように欲して選んだのが『すきまのおともだちたち』。
タイトルとこみねさんの描く女の子にぐぐぐっと惹かれて手にとりました。
ん〜っ!もうもうなんて可愛いのでしょうか!雪子ちゃんも愛らしかったけれど、すきまの世界に住む小さな女の子の可愛らしさといったら!女の子のいちいちにキュンとしてしまいました。
こみねさんの挿絵もそれはそれは素敵なのです。ほんわりとやわらかであったかな彩りが心地よく包んでくれます。そう、小さな女の子がお客さまをおもてなししてくれるように居心地の良いどこか懐かしい気持ちにさせてくれるように、このお話もそんな心地で読んだのです。物語の終わりがとても惜しくていつまでもここにいたい、ような。そんな感じ。
新聞記者である「私」は取材で訪れたとある街ですきまの異世界に迷い込んでしまいます。途方に暮れていた私が出会った小さな女の子。私は出会った女の子にお客さまとしておもてなしされます。
小さな女の子ですが、てきぱきと働くその姿は無駄のない動きを見せます。ちょっとお澄ましの態度も凛としていて清々しいほどです。
一緒に暮らしているお皿は自動車の運転をします。お皿の歴史はとても由緒あるもので彼女はその思い出を支えに日々を生きています。
彼女たちに名前はありません。小さな女の子はあくまでも女の子ですし、お皿はあくまでもお皿なのです。
すきまの世界の住人たちもちょっと風変わりです。でも風変わりなのは迷い込んだ私。私にとって不思議なことでもこの世界では当たり前なのですから仕方ありません。私はおもてなしをされるということに少しずつ慣れ、この世界にいることがとても心地良く何故だか懐かしささえ感じ始めます。すっかり楽しくなってきた頃、それは突然やってきます。すきまの世界に突然迷いこんだのと同じく、現実の世界に戻るのも突然なのです。
戻った私は月日の経過と共に生活を変え、年を重ねていきます。年を重ねて老いていくことは私たちの世界では当たり前のこと。それは抗えないことです。
私はまた何回かすきまの世界に来ることになるのですが、この世界では何一つ変わることなくあの頃と同じまんまの風が流れているのです。なつかしい場所に帰ったような気持ちになった私が「ここは変わらないわね」と言うと、女の子は「そりゃあそうよ」と。そして「世界だもの。世界は確固たるものでなきゃあ」と言うのです。
きっと、「当たり前のことよ、何を言っているの?」と凛とした声と姿で言うのです。
私がその時感じる「確固たる世界に、足にぴったりの靴をはいて立っていることの安心と幸福!」がすきまの世界をとても良く表わしていてすごく好きなシーンでもあります。
確固たるもの。ゆるぎない凛としたもの。そういう世界が確実にあるのだ、ということがどんなに支えになることか。生きる上での心配だったり不安だったりがそれでもちゃんと救われてまた立ち向かえるよ、と背中を押してくれると思うのです。
それはいつまでも変わりなく寄り添ってくれるかけがえのないもの、友人ともいえる存在なのです。
そして東直子さんの解説がとても素晴らしいのです。解説のタイトル、「「すきま」に生きる永遠の女の子」はまさしくそうですし、
主人公の現実の世界がどんどん過ぎていっても「すきま」の世界の人は、変わらない。それは、本を開いて別世界へ誘われることと同じだというところにとても共感しました。まさにそうなの!と大きく頷いていました。
「すきま」の世界は懐かしく温かでありながら、どこか淋しく切ない気持ちがふわっと広がるのです。
読了日:2010年2月7日




































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