ひなたでゆるり

読書のコトとちょっぴり日々のコトブログ

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『森崎書店の日々』八木沢里志

森崎書店の日々 (小学館文庫)
森崎書店の日々
八木沢里志/小学館文庫
貴子は交際して一年の英明から、突然、他の女性と結婚すると告げられ、失意のどん底に陥る。職場恋愛であったために、会社も辞めることに。恋人と仕事を一遍に失った貴子のところに、本の街・神保町で、古書店を経営する叔父のサトルから電話が入る。飄々とした叔父を苦手としていた貴子だったが、「店に住み込んで、仕事を手伝って欲しい」という申し出に、自然、足は神保町に向いていた。古書店街を舞台に、一人の女性の成長をユーモラスかつペーソス溢れる筆致で描く。「第三回ちよだ文学賞」大賞受賞作品。

大好きな神田神保町が舞台ということで町の雰囲気を思い出しながら(久しく行っていないので)とても良い心地で読みました。
失恋し、仕事も辞めてしまった貴子が書店を経営する叔父のススメで神保町に住むことになることから物語は進むのですが、そのスピードが実にゆるゆると貴子の傷心をじんわり優しく癒すように展開していくのです。
本に興味のなかった貴子がやがて貪るように本にのめり込む様子がとても素敵で嬉しい。
もうひとつの桃子さんが登場するお話がこれまた良い。神保町のとある人々の日々。
ああ、神保町に行きたいー!の気持ちがむくむくしています。

読了日:2010年12月31日
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『山人奇談録』六条仁真

山人奇談録
山人奇談録
六条仁真/国土社
山では、不思議で妖しい「なにか」とすれちがう瞬間がある。竹の底に眠る姫、祭りの雨をよぶ龍、時の果ての森の大樹…。深い山々をわたり歩いてきた「じいちゃん」にみちびかれ、「あたし」が出会ったのは、山の闇にすまう神さまたちだった。山人(やまんど)の孫娘が語る、四季の彩り豊かな奇談集。
タイトルの「奇談録」というのと、少女に群がる(あるいはすぅっと通り過ぎているのか)異形のモノたちの装丁に惹かれて手に取ってみました。

「竹姫」「闇市」「雨祭」「幻獣」「神域」5編の各タイトルを見てもわくわくしてきます。
そのわくわくをもっと超えるような異形の世界が広がっていて、素敵な物語でした。
奇談録、と聞くとちょっと怖いイメージ?だったのですが、山の神たちや異形のモノたちがもしかしたら今でも実際に息づいているのかも、と思えるような自然さで描かれています。
それは怖さというよりもぽっと温かく灯るようなふんわり優しい印象。

山の神は気高き良き神ばかりではありません。時として危険で迷い人の命さえ奪ってしまうかもしれないのです。
山の暗くて深くて怖い闇の世界、けれども妖しい美しさに満ちていて魅惑的な場所。

この物語の主人公・小学6年生の少女がとても自然体。遥か昔から山深く古道を歩いてきた山人であるじいちゃんに導かれて少女も山の世界に足を踏み入れていきます。
そして彼女が出会ったモノとは。それに気がついたときの不思議な体感は彼女に何をもたらしたでしょうか。
時の果ての森で起こったことは読み手もついふふふ、とにんまりしてしまうのです。

山の神、異形のイキモノたち、四季の彩りの描きがとても素晴らしい作品でした。
とても素敵な出会いをしました。

お気に入りは「闇市」「雨祭」「神域」。
特に「闇市」の闇に隠れた異形たちがたまらないのです。

読了日:2009年9月30日
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『遠海事件』詠坂雄二

遠海事件
遠海事件
詠坂雄二/光文社
佐藤誠。八十六件の殺人を自供した殺人鬼。その犯罪は、いつも完璧に計画的で、死体を含めた証拠隠滅も徹底していた。ただひとつの、例外を除いては。有能な書店員だった彼は、なぜ遺体の首を切断するに至ったのか。
装丁に惹かれて読み始めたのですが、先入観なしに読んだのが良かったのかその分堪能しました。ラストまで気の抜けない物語の引かれ具合は最高です。

淡々と語られる一見目立たない佐藤誠という人物の実は隠された殺人鬼の顔。
この作品は彼がいかに殺人を犯したかではなく、「なぜ首を切断したか」。まさに副題そのものが謎として残るのですが、この作品の進行具合がその謎と同時に佐藤誠その人となりを考えながら彼が何故いつもと違う殺害方法に至ったかを推理する猶予を与えてくれます。果たして読者はその推理を当てることが出来るでしょうか。
(ちなみに私は相変わらず推理力が足りず、全くわかりませんでした…)
何故?のその意味が明かされたとき、そしてその後に訪れる驚愕の事実、その驚きにしばし時が止まりました。と、同時に何とも形容のし難い気持ちが襲うのです。
それはやるせなさだったり、切なさだったり、逆に優しさや穏やかさまで感じます。凄惨さから感じる不快感や嫌悪感よりもそれと反する感情が生まれることがとても不思議でならないのですけど、それは私だけなのかな。

最後の最後まで凝った演出ににやり。
凄惨さと穏やかさと。しみじみさせられました。

読了日:2008年12月31日
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『詩羽のいる街』山本弘

詩羽のいる街
詩羽のいる街
山本弘/角川書店
「あの日まで、僕はこの世に奇跡が存在するなんて信じていなかった」。マンガ家目指して持ち込みを繰り返すもののいっこうにモノにならない僕。ある日突然現れた詩羽という女性に一日デートを申し込まれ、街中を引きずり回される。お金も持たず家もない彼女が、行く先々ですることは、街の人同士を結びつけることだけ。しかし、そこで見たことは、僕の人生を変えるに十分な出来事だったのだ。
―幸せを創造する奇跡の人、詩羽とは。

読み始めはちょっと意地悪くなっていたのだ。
詩羽の行動を難なく受け入れる素直さが私に欠如していて。
素直になれないのと反面、いやこういう世界もあり得るんだ、ってのが自分の中でせめぎ合うものと闘ってた。そんな私をたぶん、少なからず素直に方向付けてくれたかも。

ファンタジーと割り切って読めればこれほど楽なことはなく、それが出来ないのは詩羽の論理的行為が本の中だけでなく私たち現実の世界でも充分通用するんだってことを痛感させられるから。空想だ、と笑えないから。

決してするすると読める物語ではなくて(意地悪な気持ちが支配して。人によってはこれほど読みやすい作品はない、って感じるかも)、ちょっと苦しい読書だったのだけど、後半部分の詩羽にその意義を問う女性との会話の中で私の中で猜疑的になっていた詩羽に対する感じ方がふっと払拭されたようで、それを感じたら苦しさから解放されて気持ち良かった。
そうだよね、確かにそうだ。ちょっと手を加えるだけで、心加えるだけで、それだけで歯車が動き出す瞬間。そんな瞬間に立ち会った清々しさがここにあって、自分の中の闘いはあっさり詩羽によって解決されてしまった。うん、とても良かった。

そして何よりも楽しかったのは文中に登場する文献たち。
わざと最後に記されている参考資料を読まずに本文を読んだのだけど、これは大正解。
これはあの本?これってあれじゃない?なんて想像しながら読んで、最後に参考資料と突き合わせて「おおっやっぱり!」なんていう快感がたまらなかったのだわ。
いや、それほど知っているわけじゃないけれど、少しでもそんな楽しみがあるとますます楽しい読書となるもんだし。

凝り固まった思考が柔軟になった、素晴らしい読書をさせてもらいました。

読了日:2008年12月5日
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『わたしのおじさん』湯本香樹実

わたしのおじさん
わたしのおじさん
湯本 香樹実 植田 真/偕成社
いつか、わたしは思い出すだろう、遠い昔、はるかな草原をあなたと旅したこと―せつなさと希望にみちた始まりの物語。
シンプルな装丁。それを開くと広い原っぱにぽつんと立つ女の子の後ろ姿。
「めざめてしばらくの間、わたしは低い雲のすきまからのぞく、薔薇色の空を見つめていた。」
薔薇色の空に多少の違和感を感じながらやがて登場するコウちゃんという男の子の存在にも?が浮かぶ。複雑な印象を与えながらけれどやがてそれを理解した時、全ての違和感がすぅっと音もなく溶けた。
この世界は女の子のおかあさんの世界。ずっと心の奥のほうでわだかまっている出来事を女の子は知る。ここで出会った人のこと、この風景、空の色、コウちゃんと過ごした日々のこと、忘れてしまうかもしれないけれど、きっと女の子はいつかふっと記憶の扉をそっと開けて思い出すだろう。鮮明なものではなくても断片的でも曖昧でもいつか思い出すだろう。

湯本さんが長い年月をかけて大切に心で紡いでいった物語。湯本さんのふんわりやわらかい優しい文章の雰囲気が、植田さんの温かい画ととても良く合っていて読み手も時間をゆっくり紡ぐように大切にその胸に流し込んでゆく。何かに包まれるような優しい感じを覚えながら。

読了日:2007年4月15日

参考記事
KAISEI WEB:話題の新刊Vol.028 湯本香樹実さん「わたしのおじさん」
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『上弦の月を喰べる獅子』夢枕獏

上弦の月を喰べる獅子〈上〉 (ハヤカワ文庫JA) 上弦の月を喰べる獅子〈下〉 (ハヤカワ文庫JA)
第10回日本SF大賞受賞作
あらゆるものを螺旋として捉え、それを集め求める螺旋蒐集家は、新宿のとあるビルに、現実には存在しない螺旋階段を幻視した。肺を病む岩手の詩人は、北上高地の斜面に、彼にしか見えない巨大なオウム貝の幻を見た。それぞれの螺旋にひきこまれた。ふたりは、混沌の中でおのれの修羅と対峙する……。(上巻 あらすじより)
『螺旋教典』という本が存在するそうです。『上弦の月を喰べる獅子』が、生まれるきっかけになった本なのだそうです。『螺旋教典』に夢枕獏氏が出逢っていなかったら、『上弦の月を喰べる獅子』も生まれていなかったと、夢枕氏も『聖楽堂酔夢譚』の中で書かれています。それが存在する意義というものが見事に表された例だと言えましょう。
読み終わった時はこの自分の内側に燃え広がる、得体の知れない何かを、しかし、どうこれを表現して良いのかわからぬまま、しばらく茫然自失しておりました。何かが問うています。それにどう答えればいいのかわかりません。まさしくこの作品全体がこの問答によって成り立っているのです。上弦の月が優しく物語を照らし出しています。青き月光の世界です。同じく宇宙の、天の、螺旋の、輪廻の、進化の、因果の… 様々なものによって創り上げられた世界です。その足下の深さは底なしのように無限です。その頭上の高みは頂が見えぬほど崇高です。

二重構造、二面性、遺伝子の二重螺旋を孕んだ構造、そして本自体も二重構造になっているそうです。私は文庫本で購入したので、わからなかったのですが、氏の『聖楽堂酔夢譚』の中に書かれていることによるとハードカバーの天と地のはなぎれ(*)の色が違うようです。(大抵のハードカバーのはなぎれは上下とも同じ色です)ハードカバーを見かけたら要チェックですね。

『上弦の月を喰べる獅子』読了後、『聖楽堂酔夢譚』にある「螺旋教典」のページを読みました。かなり興味深いです、「螺旋教典」。『上弦の月〜』にも引用されていた、螺旋問答、螺旋論考の下りは読んでいてもゾクゾクします。結局思いつくまんまに書いたので、まとまりのない文章になってしまいました。とにかくなにがしかの影響を受けたと思います。これを読むのと読まないのとでは、確実に自分の内面に潜むものを引き出すことが出来なかったかもしれません。その引き出された潜んでいたものが一体何なのか未だに正体はつかめていませんけれども。これを読んで下さって、興味を持たれましたら是非読んでみて下さい。そして己に問うてみてください。人は、幸福せになれるのですか?

読了日:2000年3月

(*)はなぎれ【花布】…上製本中身の背の上下両端に貼り付けた布地。模造した布を装飾用として貼り付ける。
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『怪奇幻想譚 名もなき本』ゆうきりん

4086144387
名もなき本―怪奇幻想譚
ゆうきりん/コバルト文庫
僕はウィル・クリップ。喧嘩をして出て行った彼女が、活字中毒者と呼んでいたほどの本好きだ。失業中で、あまり金はないが、時間はたっぷりある。図書館に本を返した帰りに僕は古本屋で不思議な本を見つけた。背表紙にタイトルがない。ページをめくると『夜の家の魔女』『夢の糸』『精霊の壺』という三つの題目が現れた。その本を手に入れてから僕のまわりで次々と奇怪な事件が起こり…。
『名もなき本』読了。恋人に愛想をつかされてしまうほど、活字中毒の主人公ウィル・クリップ。古書店で偶然見つけた題名のない革装丁の本を手に入れてから不思議な体験をし始める。短編3作を別の形で包み込んだ面白い趣向の作品。活字好きならば頷ける箇所もあって、なかなかセンス良いと思います。(日記より抜粋)

読了日:2002年5月19日


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