天国はまだ遠く 瀬尾まいこ/新潮文庫
仕事も人間関係もうまくいかず、毎日辛くて息が詰りそう。23歳の千鶴は、会社を辞めて死ぬつもりだった。辿り着いた山奥の民宿で、睡眠薬を飲むのだが、死に切れなかった。自殺を諦めた彼女は、民宿の田村さんの大雑把な優しさに癒されていく。大らかな村人や大自然に囲まれた充足した日々。だが、千鶴は気づいてしまう、自分の居場所がここにないことに。心にしみる清爽な旅立ちの物語。
自分の存在意義、自分の居場所。人は常にそれを求めているのかもしれない。着々と歩んでいたはずでも時には立ち止まってしまい、たった一歩が踏み出ないことがある。足踏みさえも疲れ果て何故ここに自分がいるのだろう?と存在を否定しだす。壊す寸前にまで陥ることもある。そこからどう立ち直ればいいのか。ほんの少し背中をポンと押してくれるだけでいいのに…それだけでもまた小さく一歩を踏み出せるのに。
会社勤めが辛くなり生きることも辛くなり、死に場所を探して旅立つという冒頭。自殺願望のある主人公・千鶴。死を選ぶほどどんな辛いことがあったのか。
保険の外交員であった千鶴はその仕事がなかなか上手くいかず悩む。悩んで辞めたいのにその消極的な曖昧な性格ゆえに辞表を書くことすら出来ない。自分の存在する意味ってあるのだろうか?彼女は考える。ああ、危険だ、それを考えてしまったらもう後は滑り落ちるしかない。精神も弱ってしまった今答えはひとつしかない。死。この世から自分を抹消すること。これに捕らわれてしまったらそこから抜け出すのは容易ではない。
当て所もなく向かった先の民宿「たむら」を死に場所に選びとうとう彼女は実行する。が、自殺は失敗。失敗したら死ぬのが怖くなり実行するのをもうやめてしまう。それからの彼女の心の変化、回復していくさまが描かれる。
氷結した心が溶けて温かいものが流れていくように千鶴は変化していく。がんじがらめに捕らわれていたものが少しずつゆるゆると解されていく。それは土地の人々の生きるためだけのシンプルな生活であったり、素朴な温かさであったり、自分が生きるために命をもらうことだったり、そんな今までの生活では決して得られなかった体験が生きることへの貪欲さを生み出す。
田村さんもその内にいろいろと抱えながらも今自分の成すべきことをしっかりと見据え生きている。そう、生きるのだ。何が何でも生きるのだ。この世に生を受けた以上この命の灯が消えるまで生を全うするのだ。それが人の定めであるのだ。
千鶴の今の強さがあればこれから先どんなことがあっても今度は死を選ばずにいてくれるだろう。そしてその心に芽生えた淡いものが育っていくといいな、と願う。
瀬尾さんの作品は『幸福な食卓』『図書館の神様』の2作を読んでいて、どちらもじんわりと沁みる作品で大好きです。そして今回選んだ『天国はまだ遠く』も瀬尾さんならではの温かさが感じられてとても良かった。
瀬尾さんの紡ぐ文章は時々ちくちくと痛むことはあるけれど、一方でほこほことした温かさがあり、次第にこちらまでその温度が伝わりぽかぽかしてくるのですよね。
けれども…正直今まで読んだ作品と比べると設定の甘さだったり(自殺ではなくもう少し違う描き方をして欲しかった)、千鶴の再生期間が少し早すぎるんではないかと思ったり…あんなに悩み苦しんで死を選んだ人間がそんなに簡単に立ち直るだろうか、人の再生ってこんな簡単なもんじゃない、とどこかで否定する自分がいたのは確か。そんな風に思ってしまう自分と、どこまでも優しく温かい瀬尾さんの世界に心地良さを感じている自分がせめぎ合っていました。でもとても温かで素敵な作品でした。
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