ひなたでゆるり

読書のコトとちょっぴり日々のコトブログ

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

スポンサードリンク | - | - | - | 

『青いリボン』大島真寿美

4652077920
青いリボン
大島真寿美/理論社
依子の両親は家庭内別居中。さらに、母親の長期出張が決まり、依子は親友・梢の家に下宿することに……。大家族の梢の家は、核家族の依子にとってはまるで外国。女子高生同士の友情と信頼の中に、家族とはなにかを問う、ふしぎな浮遊感ただようお話。

大島さんの文章やそこに漂う雰囲気は不思議である。例えば何か心の底にどうしても流れきらない澱が沈んでいたとき、大島さんの紡がれた文章を読むにつれその澱の塊だったり重たさだったりがふわっと軽くなり楽になることがある。たとえそれがいっときのことだとしてもそれだけでずいぶん助けられたりするのだ。そうして訪れるほこほこした温かさ。だから大島さんの作品は手に取りたくなる。何かにすがるように寄り添いたくなる。

大島さんの描く多感期の少女たち。誰しもが駆け抜ける思春期の頃。ずいぶんと昔のことになっていようともあの独特な時代は思い出せば色鮮やかによみがえる。その鮮やかさが甘い思い出だけでないことも苦しみや辛さのほうが度合いは大きかったとしても全ては今の自分を形作る形成期として過ごした時期。あの頃の自分を思い起こしながら読む時間はまた格別な思いに浸れる。

両親が家庭内別居中であり、離婚間近であり、そんな冷え切った家族の関係の中でその温度にもいつしか慣れてしまった依子。母親の海外出張の都合で一時、親友の梢の家に下宿することになる。あまりに自分の家庭とかけ離れた梢の家族の温度。みんな大雑把でそれぞれが好き勝手に生活しているようででも団らんがあり、わいわいといつでも賑やかで、そんな輪の中に始めは戸惑いながらも次第にごく当たり前に家族の一員として生活していく依子の心の変化がゆるゆると優しく描かれる。
子供の時期はその家族という絶対的な存在に抗うことは叶わない。たとえそれがどんな形であれ家族は家族でありどんなに不運と思ってもそこから断ち切ることは容易ではない。友達の家庭に遊びに行って羨ましいと思ったことは数知れずある。自分の家族と比べてしまうこともある。あそこのうちの子になったらどんな暮らしが出来るだろう、なんて思い描いたことももちろんある。みんなそうだよね。それは何も子供の頃だけじゃなく大人になった今でも時々思ってしまうことなのだけど。

そして台湾に引っ越してしまった沖田くんの淡い思いがとても良い。それが色濃くなく適度な色合いを持って描かれているところがとてもとても良い。台湾から送られたCD、その音楽の調べ、青いリボン…。その情景が目の前に広がる。
親の都合で住み慣れた土地を離れなくてはならないこと、淡い恋が芽生えていても無理に断ち切ってしまわねばならないこと。私は今ちょうど多感期である長男を思うととても申し訳なく思うのだ。彼にはもしかしたらそんな恋心が芽生えているかもしれない。でも春には今住んでいる土地から遠い場所へ引っ越さねばならない。彼に直接聞いたわけではないけれど、そんなことを思うと胸が痛むのだ。でも何も文句を言わずに前向きに私達と共にしてくれる優しい彼に感謝せずにはいられないのだ。
そんなことを思っていたときのこの本との出会いだった。なおさら考えを深くしながら読み、向き合った時間だった。

思春期の頃って親を疎ましく思い遠ざけようとするけれど、本当は一番親の愛を必要とし、その愛の深さを天秤にかけてみようとする。自分がどれだけ愛されているかそこに安心を求めている。親が思う以上に子供は親の愛を欲しているものなのかも。つい子の手が離れたと親は自分のことに比を大きくしがちだけれどもやっぱり子供のことは一番にしてあげないといけないのだなぁと子供が大きくなるにつれ気を引き締める私なのである。いつしか子供のほうから手を離し背中を向けるまで親は一途に子供と向き合わねばならないのかもしれない。ここ最近沸々とそんな思いを大きくしている私にとって道標のような本だった。
装丁共に素敵な作品。大島さんにまた気持ちを温かくさせてもらった。

読了日:2007年1月1日
かりさ | 著者別あ行(大島真寿美) | comments(0) | trackbacks(1) | 

『虹色天気雨』大島真寿美

4093861765
虹色天気雨
大島真寿美/小学館
ある日突然、幼なじみ奈津の夫・憲吾が姿を消した。市子は、夫捜しに奔走する奈津から一人娘の美月を預かる。女性の影もちらつく憲吾の失踪だったが、市子も、まりも、三宅ちゃんも、究さんも、土方さんも、いつもと変わらず、美月の運動会に集まった。事態はやがて、市子の元恋人も登場して意外な展開を迎える。

「虹色天気雨」…タイトルも素敵だし、このお話もすっごく素敵だった。無性に女友達に連絡を取りたくなった。しばらく声も聞いていなし、メールもしていないな。今どうしているかな、元気でいるのかな。

主人公・市子の幼なじみの奈津から「夫が失踪した」と連絡が来る。置き手紙を残し200万円を持ち出して失踪。彼はどこに行ったのか?何故失踪したのか?無事なのか?まるでミステリのような始まりだが当然ミステリではない(笑)もちろん夫の失踪は奈津の身辺を変えざるを得ないのだが。
市子を取り巻く登場人物たち(まりや三宅ちゃんや土方さんや究さんといった面々)の交友というのかな、そんな仲間同士の繋がりがとても心地良く穏やかに描かれている。彼らそれぞれが自分の生活を送りながらなんやかやと互いを思いやる様子がとても微笑ましく、何だかその確固たる繋がりを羨ましく思ってしまうのだ。彼らみんなとてもいいヤツなのだが、特に三宅ちゃん!彼はゲイなのだけどもちろん好きになるのは男性ばかりなのだけど、仕草は女性っぽいけど、その心根はやっぱり男で包容力があったりするのだ。彼の並々ならぬ思い(職場の責任者としての)なんぞついじぃ〜んとしてしまうのだ。

大島さんの透明感のある文章が大好きでいくつか読んでいるが、これは本当に良かった。今までの作品もどれもこれも素敵なのだけど、これは何と言うか登場人物たちに勇気づけられたというか「あぁこんな仲間達いいなぁ」と心の底からしみじみ思ったのだ。正直仲間とわいわいするのは得意ではない。自ら率先して輪をまとめるタイプではない。でもそのわいわいの中にいるのは実は好きなのだ。
だから奈津の娘・美月の運動会に彼らがわいわい集まってどんちゃんやっている場面なんてもう〜いいなぁ、こういうのいいなぁ、とひたすら思ったのだ。でも自分からは出来ない。憧れに終わってしまうんだな、これが。
その運動会の写真とビデオが土方さんから市子のもとへ送られてくる場面があるのだが、土方さんの作った写真集を見て市子は思う。
そこに写っていたのは、まさにあの日の空気だった。すでに忘れかけていた一日。つぎつぎに埋没していく他の日々と同じように消えかけていたあの日。こんなものを見なければ、記憶の霞の中へ溶けこんでしまっていたであろう一日。
それがひょっこり蘇った。
ありがちなスナップ写真の羅列で、とくに斬新でもなく、芸術的なものでもない。けれども、だからこそ、「あの日の空気がそこには満ち満ちていた」と。
本当にそうだ、日々の出来事や記憶は知らず知らず霞がかった遠く遠くのほうへ押しやられてしまう。いや、押しやるのなら思い出せるのだけど本当に溶けてしまったら思い出すことも出来ずにいるだろう。泡のようにはじけて消えてしまうのかもしれない。確かにあの時あの時間に存在していた自分のことすらも忘れてしまうのだったら、他人のことなんてもっともっと忘れてしまう。気に掛けていられないくらい余裕もなくなってしまう。だから市子たちのような繋がりが年を重ねるごとに大切になってゆくのだろう。

昔は人との繋がりが煩わしく思うことも正直あったけれど、不思議とここ最近人恋しくなることがある。そんな時声をかければ何のためらいもなく会ってくれる友達をありがたく思う。こういう繋がりを大事にしなきゃ。改めて思わせてくれた作品だった。

読了日:2006年12月12日
かりさ | 著者別あ行(大島真寿美) | comments(8) | trackbacks(6) | 

『ほどけるとける』大島真寿美

4048736965
ほどけるとける
大島真寿美/角川書店
泡のような日々は、ふわふわと。
どうにも先が見えなくて、めんどくさくて、将来の夢もわからない……。高校を突発的に中退し、祖父が経営する銭湯を手伝う少女が、常連客との交流や淡い恋を経て、夢を見いだしていく。ほわほわとあたたかな物語。

知恵と勇気。
あの時、ほんのちょっとの知恵と勇気があったらまた違った人生を歩みだしていたんだろうか。そんなことを思うことは年々年を重ねるごとに増えつつある。後悔しているのだろうか?幾多も遭遇した岐路の選び方を。それでもその時自分が決断したことは取り消せない。ならば新しい道を切り開くまでだ。

居心地の良い場所、というものがある。もちろんそこにふわふわとなんの心配も不安もなく漂っていられることは幸せである。が、人間そこにずっと留まり続けるというのは難しい。では居心地が悪くなってしまったら逃げるのか?逃げていい時とここはぐっと踏ん張らねばならない時がある。悶々とした日々を迎えつつ、祖父の経営する銭湯「大和湯」を手伝う美和。手探りでこれからの道を歩む美和に取り巻きたちが優しく指南してくれる。

大島さんの作品はいつも主人公を取り巻く人物が魅力的である。今回もなかなかに個性的な面々が存在する。冒頭に始まるフジリネンのおじさんの夢の話しとか、本当にいい。大和湯の常連客である謎の(始めは。徐々に正体がわかる)佐紀さん。美和とは正反対の佐紀さん。美和の言い分もわかる、佐紀さんの言うことも最近分かってきた、この二人のことを知るにつれて心温かく読み手の私の心までゆるゆる解きほぐされていくのだ。まったりとまとわりつくほんの少し熱い湯に浸かるように。弟の智也はなかなかしっかりした聡い子。そしてもう一人。ここではすでに亡くなっているマッサージ師の小笠原さん。彼が実は美和にとっては重要人物になる。

頑なだった美和の心がゆるゆると解きほぐされる。ゆっくりゆっくりと。新たに見つけた夢に向かってその力強い一歩を踏み出す。そこにはかつての薄ぼんやりした輪郭の薄い少女の面影はない。いつだって夢に向かっている人間には光射すのだから。美和のことだからその歩みは人よりもゆっくりめだけど、きっと叶うはず。美和を見守る人々の温かさがあるから。そんなほんわりした優しい気持ちで本を閉じる。ゆるやかにまとわりつく私の時間、空間をも愛おしく温かく感じながら。

読了日:2006年7月23日
かりさ | 著者別あ行(大島真寿美) | comments(4) | trackbacks(1) | 

『羽の音』大島真寿美

4652071981
羽の音
大島真寿美/理論社
ユックリト、タシカニ、ミエテクルコト。出社拒否の姉と登校拒否の私のスロー・ライフな日々。

「ぎしぎし」と「むくむく」。この作品の中でとても印象的な言葉。成長期に骨が軋むような感じはどことなく恐ろしく、痛みもともなう時もあって、背が伸びているんだとは分かっていても、自分の体ではない恐怖感が付きまとう。でもちょっと嬉しかったり。そんなあの頃の自分を振り返るととても愛おしい。

菜生の好きな人(恋人なのだとは思うが)であるミキオが「ぎしぎし」すると訴えると「それは羽がはえるとか、しっぽがはえるとかなんじゃないの」という菜生。その後のさりげないミキオの優しさがじんわりとさせる。あの頃の自分と重なってこの二人も愛おしくなる。
「むくむく」の気持ちはそれに気がつくと何だかこれから自分の中で生まれるものが育っていくような期待感に胸が膨らむ。何かがむくむくと生まれる音は見過ごしたらもったいないから常に耳をすませていなければならない。

両親の離婚により姉が選択したのは父や母のどちらでもなく、家だった。父も母も人間でありつまりは環境もそれぞれ変わる可能性(再婚など)がある訳でそんな環境の変化に翻弄されるよりは家という裏切らないものを選ぶのは懸命である。その姉についていくように菜生も姉と家を選び、姉妹の生活が始まる。仕事も料理も掃除も、そして将来でさえ完璧な姉・花保。その姉が一変する。仮病を使って仕事を休み、家事も放棄し始める。それに倣うように菜生も自堕落な生活に身を投じていく。一体この先二人はどうするのだろうか、などという心配をよそに姉はしっかりすくっと立ち上がっていくのだ。その潔さは力強い。

ミキオとの繋がりがこれまた心配な菜生だが、ミキオに強要しないところが何ともすっきりしている。が、実はミキオにはどことなく壊れやすい繊細なものを持っていて、気をつけて扱わないと粉々になってしまうのではないか、という恐れを菜生は感じているのかな、と勝手に行間から読み取って想像してみたりもする。あまりにもさり気無さ過ぎる二人の関係が心許なく、寂しくもある。でも他人には分からない二人の中での繋がりがしっかり目に見えた時、心地良い安心感に包まれるのだ。

読了日:2006年1月27日
かりさ | 著者別あ行(大島真寿美) | comments(2) | trackbacks(1) | 

『水の繭』大島真寿美

4048733788
水の繭
大島真寿美/角川書店
そっとその場にたたずんで、優しく包み込んでほしい、繊細で透明な物語
心にぽっかり穴を抱えたとうこのもとに、ある日ひょっこり転がりこんできた従妹の瑠璃。個性溢れる人たちとのめぐりあいで、次第にかじかんだ気持ちがほころんでいく、少女とひと夏の物語。

久しぶりの大島作品。離婚により母と兄がいなくなり、父も亡くなってしまった今、とうこはどう内面と対決し殻を破ることが出来るのか。とっても複雑な家庭環境は少なからず子供に影響を与える。子供は親に捨てられないよう懸命にいい子を演じなければならないのだ。優等生にならざるを得なかったとうこ。家出を繰り返す従妹の瑠璃。瑠璃は奔放だ。自分の居場所を探す旅を続ける。とうことは正反対の性格を持つ。そんな瑠璃の強引さと明るさにしだいに過去に抹殺した兄の存在を認め、10年の溝を埋めようと立ち上がるのだ。

とうこ〜頑張れよ〜。もっとしっかりしないと社会で生きていけないぞ。と終始とうこを励ます私(笑)。自分のことしか見えてなくて、誰かが助けてくれるだろう、じゃなきゃどうにでもなってしまえ、なんてとうこにイラつきながらも最後まで見届けることが出来た。
中盤から登場する遊子さんが不思議である。彼女の背負った過去、それにより彼女が見えてしまうもの。この作品はとうこや兄の陸だけでなく、遊子さんの物語でもある。その遊子さんを優しく見守る夫も素敵。

大島さんの透明感ある描写によって作品が作り上げられる。今にも壊れそうでいてでも強く輝きを放つ。登場人物それぞれの再生の物語。

読了日:2005年12月27日
かりさ | 著者別あ行(大島真寿美) | comments(6) | trackbacks(3) | 

『かなしみの場所』大島真寿美

4048735349
かなしみの場所
大島真寿美/角川書店
私は子供だった頃、誘拐されたことがあるらしい-。雑貨を作りながら淡々と日々をおくる果那、そして彼女をとりまく人々。それぞれの人生、それぞれの場所のいとおしさが静かに浮かびあがる物語。
この読後感を何と表現したらいいのだろう…しばし考えてみる。静かにたゆたうような文章。ゆっくり紡がれる言葉たち。大島さんの言葉は独特な雰囲気があって、それはもう大島語となってファンの間にはなくてならないものになっているんだろう。実際に私は初にしてすっかり大島さんの世界観のとりこになり、次なる作品を早くも欲している。

梅屋の三畳間に浮かぶ三日月の舟。この舟に誘われてストンと別世界に行くのは心地良いだろうか。眠る場所というのは確かに重要で、どうしても寝つきが悪い場所があったり、コトンと容易く眠りに落ちる場所もあり、それはすごく不思議。単に慣れかそうでないか、ってのもあるのだろうけど。昔は眠る前にいろいろと考えることが多くて、なかなか寝付けず結局寝不足でふらふらな毎日を送っていた。それは果那さんと境遇が同じ頃であったのだけど、その時はとにかく辛かった。夜が来るのが怖くて眠れないことにまた怖くて。早く朝が来ないかそればかり考えていた。人間の環境や成長というのはそんな生活もやがてはガラリと変えてくれる効用があるらしい。
今ではお布団に入ったら即眠りにつけるし、朝だって恋しくない。そんな自分と果那さんを勝手に重ねて読み進んでいました。

読み終えて表紙扉の池のイラストを見たら、何となくタイトルの意味が
わかったような気がした。漠然とだけど。

読了日:2005年6月1日
かりさ | 著者別あ行(大島真寿美) | comments(0) | trackbacks(2) | 

『香港の甘い豆腐』大島真寿美

4652077475
香港の甘い豆腐
大島真寿美/理論社
ひとりが気持ちよかった。やっと、ひとりになれた。親や友だちから解き放たれた地。風はぶっきらぼうだけど、いじわるじゃない−。出生の秘密が、私を香港へと運んだ。たおやかで、ガッツな青春の物語。
「香港の甘い豆腐」というタイトルを見たとき、真っ先に思い浮かんだのは
乳白色なぷるぷるの、シロップをかけて食べる"豆腐花"。あれを初めて食べたとき、想像していたよりも甘くなく淡白な味にビックリした。

本書は17歳の彩美が2度目の海外香港へ降り立った時からの成長を描く。
それまで怠惰な気持ちだった彩美の身に大きな転機が訪れる。父親を知らずに育った彩美に父親がいることを知り、しかもその場所が香港という、急激な環境の変化。淡々と流れる文章なので、あらら〜という感じで読み進むのだけど、実は結構リアルでシビアな話しなのだ。それを大島さんの独特な雰囲気が優しく包んでいる。

この時代、海外旅行したことがない、と言ったら驚きますか?私も夫も海外は未体験。日本から出たことがありません。時々夫婦して「初海外はどこに行こうか♪」なんて(きっとまだまだ先の話し(笑))話すのだけど、最初は香港でもいいかなぁ、なんて読みながら思ってしまった。そのくらい魅力的に香港が描かれているのです。なんと言っても出てくる料理が美味しそう〜。彩美が心身ともに温まった団子の入った薄味スープの麺は食べてみたい衝動にかられました。久しぶりに豆腐花も食べたいなぁ。

読了日:2005年6月1日
かりさ | 著者別あ行(大島真寿美) | comments(0) | trackbacks(0) |