アムネジア 稲生平太郎/角川書店
「僕」が巻き込まれた、数千億もの金が動く闇金融の世界。消された名前、チョコレート・ケーキ、かみのけ座、殺人、奇妙な機械…。優しく、そして残酷に浸食されてゆく現実の中で、「僕」がついに見いだす「本当の物語」とは?
通常、1冊の本をその場でまた再読することは滅多にない。1回読んで終わり、という人間である。そんな私でもこの作品ばかりは2度ほど読み返した。迷子の状態から抜け出すために。奇妙な浮遊感はしかし終わりを告げない。何度読み返したところでまた新たな迷い道が生じてさらに奥深くはまり込んでしまうからだ。そうしてこの感覚がしだいに不安から快楽に変わっていく。
まさに幻想小説である。ミステリと言えなくも無いがミステリと呼ぶにはあまりにも曖昧模糊し過ぎている感もある。つまり情報が極端に少ないため、ただ並ばれている文字をどう解釈すべきか大いに迷うのである。手がかりはある、それをどう拾い集め解決に導くのかは読み手それぞれに委ねられている。拾ったピースをパズルのようにきっちりはめていくも良し、モザイクのように散りばめてそれぞれの輝きを楽しむのも良し、楽しみ方は幾多もある。ただし散らばったピースは全て集めることは出来ないのだ。必ず足りないものがある。
主人公が次第に得体のしれないものに巻き込まれていく様が不気味である。その得体のしれないものが最後まで本質を定かにしないところに恐怖感を覚える。差し込まれる別の物語が主人公の記憶の奥底にしまいこまれているものだったのが気がついたらそのものに取り込まれてしまっている。それは現実のものだったか、夢なのか、架空のものなのか。「現実感覚の崩壊」が訪れるのである。
物事に白黒つけたい人、自分の立ち位置を常に確認していないと不安な人には面白さを感じないかもしれない。万人受けする作品とは到底思えないが、幻想文学が好きな方にはたまらないくらいの高揚感を得ることが出来る。この読み終えてもなお胸に広がり続けるもやもや感は実に心地良い。
謎を解明するため読み返し、なお謎が深まる。私はただ彼女の正体が知りたいだけなのに。
読了日:2006年3月5日
bk1購入の特典、執筆の裏話「チョコレート・ケーキの秘密」(特典期間はすでに終わっています)が先日配信されました。読了後に読むほうが良いとのことで、読み終えてからこのエッセイを読んでみましたがなかなか面白かったです。へぇそうだったんだ!という密かな楽しみを得ることが出来ました。さすが稲生さん、エッセイの中でも「どっちがどっち?」と思わせてくれています。
さて〜次は『アクアリムの夜』を読みましょうか。このハードカバー一体何年寝かせていたのでしょう。やっと紐解きます。
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