ひなたでゆるり

読書のコトとちょっぴり日々のコトブログ

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『夫婦茶碗』町田康

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夫婦茶碗
町田康/新潮文庫
金がない、仕事もない、うるおいすらない無為の日々を一発逆転する最後の秘策。それはメルヘン執筆。こんなわたしに人生の茶柱は立つのか?!あまりにも過激な堕落の美学に大反響を呼んだ「夫婦茶碗」。金とドラッグと女に翻弄される元パンクロッカー(愛猫家)の大逃避行「人間の屑」。すべてを失った時にこそ、新世界の福音が鳴り響く!日本文芸最強の堕天使の傑作二編。

あわわ…またとんでもない物を読んでしまったな。
堕落したしょうもない男の話しかと思って読んでいたら、段々とおかしな方向へ向かいだし、次第に狂気じみて「なんなんだこれ?」と読んでいるこっちまでおかしくなってくるみたいな、変な文体。で、読みながらゲラゲラ笑っている自分。文体どおり笑い転げて読んでいたよ。

「夫婦茶碗」と「人間の屑」の短編2編が収録されているが、どちらかというと私は「人間の屑」が好み。ここまで屑になれるのか、ってくらい救いようのない話しなのだが何故か憎めないのだ。で、こちらも何がなにやら理解できぬうちに終わってしまう。

ああ、「告白」での町田節は何もあれが最初なのではなく、ここでこうして以前から活きていたのだな。もしこちらを先に読んでいたらどうだろう?相当この作品に対してのインパクトは強かったはずだ。拒否していたのか、すんなり受け入れていたのか。もちろん後者であるのだが。「告白」ですっかり町田文体に魅せられてしまっていた私にはこれはもう愛すべき1冊なのである。現実的に見たらなんちゅう男や、と軽蔑するに違いないのだがこの堕落生活を生きる彼らが愛おしく見えてしまうのは何故なのか。不思議である。町田マジックである。

2作読んでみてものすごく思うのは「舞城王太郎を思わせるなぁ」ということ("小熊のゾルバ"あたりとかね)。もちろん舞城王太郎を読んで「町田康を思わせる」というほうが順番として正しいのだが、ね。舞城好きなら町田康も好きになるんじゃないかなぁ〜と思ってしまうのだ。それは私だけではないと思うのだが…はて?

読了日:2006年6月6日
かりさ | 著者別ま行(町田康) | comments(6) | trackbacks(5) | 

『告白』町田康

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告白
町田康/中央公論新社
人はなぜ人を殺すのか――河内音頭のスタンダードナンバーで実際に起きた大量殺人事件<河内十人斬り>をモチーフに、永遠のテーマに迫る渾身の長編小説。殺人者の声なき声を聴け!

明治26年、河内水分で実際に起きた「河内十人斬り」を題材に書かれた作品。
とにかく時間を費やしてこの作品と付き合ったこの数日はたぶん忘れられないだろう。圧巻である。秀逸である。
題材が人殺しであるため、暗く陰気なイメージを持った作品ではあるが、これを彩るものは意外にも明るい色合いである。熊太郎ののほほんとした性格が全体を和らげていると共に折に盛り込まれたユーモアさが笑いを誘う。だがそれも後半になってくるとずんずんと重さを増し、熊太郎の怒りとどす黒い血の色に染まる。その絶望的な色が熊太郎の最期の涙に見たとき、虚無感が急激に襲い読み手の心はさらなる深みに突き落とされる。読後はただただ呆けるばかりである。それはこれだけの大作を読み終えた脱力感からなのか、熊太郎の人生を思ってのことなのか、未だ整理はつかない。

なんでこうなってしまったのか…あかんではないか。強烈な河内弁、熊太郎の思弁、想い、哀しみ、彼の人生何だったんだろう…と思うと虚無感が広がりやり切れなさで胸がざわつく。彼の人生に同情はしないが、生まれ育った環境がもし違ったらあんな結末を迎えることはなかったのではないかな、とそれが残念でならない。頭で考えすぎて上手く言葉にならず(いや、頭の中でぶわあ広がる思弁を声に出して伝えるって難しいもんよ。自分もそういうところがあるから熊太郎のこれは本当に良く分かる。まぁそれにしても表現下手ではあるが)、それ故に他人と上手く意思疎通が出来ず孤独を抱えていく。いや、もしかしたら本当に幻想ばかり見る狂人だったのか?と読み手も疑ってしまう彼の思弁と行動である。だらだらぐずぐず続く熊太郎の思弁は考えすぎというよりも単純にその考えすら上手くまとまっていないため、もうどつぼにはまっていくばかりなのだ。
その熊太郎でも恋愛には純粋で(元々純粋な性格なのだろうけど、純粋というよりは気が小さく騙されやすい性格と言ったほうが正しいかもしれない)、その不器用さには思わず微笑んでしまうのであるが、恋が成就してもなお彼の不幸は続くのである。それがやり切れない。不幸を招くのは熊太郎自身であったとしてもやり切れない。

何故熊太郎が村民十人を惨殺するまでに至ったか、彼の生い立ちからその死までを町田さんの圧倒的な筆力と、強烈な河内弁がそれを綴る。
熊太郎の思弁や行動は何も珍しいことではない。現在のこの世にもそういう人間はいくらでもいる。自分の思いが上手く伝えられずにいつの間にか世間から突き放されてしまう。さてそれは誰が悪い?マイナス思考が卑屈になりその責任を他人に転嫁することで、自分を正当化し始める。自分を理解してくれない奴が悪いのだ、だから復讐だ絶対殺してやる…そういう人間は今の世にもいるはずなのだ。そして熊太郎よりももっともっと孤独な人間が。
「人はなぜ人を殺すのか」…突発的な殺人に見えてもそこに辿り着くまでの過程は実に奥深い。「なぜ?」を熊太郎の生い立ちから描くことによって見事に「告白」させてみせる。長い長い告白。最後まで熊太郎の不器用さが哀れでならない。やり切れない思いがじわじわ広がりゆく。

最後に熊太郎の人生において重要な鍵でもある葛木ドール(葛木ドールにモヘアって何て名だ(笑))。彼のことに関してはあやふやなまんまで終わってしまったのだ。あれは一体どう解釈したものか。どうも熊太郎の幻想だったのに違いないのだが…。
現実と幻想の狭間でゆらゆらさせられ、読み手は一体どうすればいいのやら途方に暮れるも書き手はそんなものお構いなしにどんどこ先へ先へ。そうこうしているうちに引っかかりはあるもののすっかり忘れて読み終えてから放りっぱなしにされていたことに気がつくのだ。書きたいから書く、ついてこれる者だけくればよろしい。そんな印象の作品なのだ、これは。それでも読み始めてしまったらもう棄権は出来ない。そうして読み終えてやり切れなさが襲う。熊太郎の能面のような顔がいつまでも焼きついて離れない。

読了日:2006年5月1日


いや〜やっと読み終えました。今頭の中が混沌としていて感想の文章もいつも以上にまとまっていません(汗)興奮気味なのか?高揚感がすごくて未だに「告白」の世界に行きっぱなし。なかなか戻ってこれぬのです。どうしたわけか次の本を読めぬのです。こりゃ完全にはまったのだな、ええ。
で、本屋大賞にノミネートされ、それまでの評価の高さから大賞を受賞されるのではないかと密かに思っていましたが、読み終えて思いました。これは大賞にはなれないな、と。どう考えても万人受けする作品ではないから。本屋大賞の一票を握っている方々の大半がこの作品を一番にあげるとはどうしても思えないです。好き嫌いがハッキリ分かれそうですよね、これは。私は町田節にすっかり魅了されてしまった一人なので大絶賛なのですが、手当たり次第に他人にオススメすることは出来ない作品なのですよねー。
初町田作品でしたが、他の作品が一体どんな世界観なのか非常に気になっています。とりあえずもう少し気持ちが落ち着かないと先に進めない(笑)
かりさ | 著者別ま行(町田康) | comments(14) | trackbacks(13) |