雪屋のロッスさん いしいしんじ/メディアファクトリー
雪屋のロッスさん、大泥棒の前田さん、似顔絵描きのローばあさん、サラリーマンの斉藤さん…。物語作家の著者が描く、さまざまな人たち、それぞれの営み。あなたは、何をする人ですか?
ここに存在する人々、それぞれの営み。全て全て愛おしい。ぎゅっと本を抱きしめたくなるくらい。そんな気恥ずかしいセリフもさらっと言えてしまうくらい。何気ない生活は実はこんなにも素敵なのだ。
タイトルといい、装丁といい、薄墨色のタイトル文字、そのフォント…何から何まで丸ごと好きである。こう何と言うか赤ちゃんを抱っこするようなきゅんっとした感じ?上手く言えないけど胸がほわわん〜とするようなそんな童話である。いや、本当に。
ここに登場するさまざまな人々、実在しそうな錯覚を感じてしまうのだけど、そこはいしいさんの紡ぐ物語、ありそうでない世界が広がる。30のお話しがそれぞれに色濃くずっしりと重みを帯びて切々と響いてくる。素敵だけど、そればかりではないするりと入り込めない暗さや残酷さを持ったものもある。1編1編続けて読まず、1つ読んだら本を閉じ目を閉じて無音の中でその人のことを想ってみる。そうして次へと進む。一気に読むのではなくゆるやかに流れる時間の如くその流れに逆らうことなく、ゆるりゆるりと読むのがふさわしい。数時間で読めてしまう本だけれども短時間で読み終えてしまうのは実にもったいないのである。そんなゆる〜りとじっくりと堪能したというのに、またパラリと本を開いてここの住人に会いに行ってしまうのだ。
30の童話の中でどれが一番好き、とはあげられないくらい全て好きなのだが、ひとつだけ強烈に突き刺さって今でも抜けない棘を含んだものがある。それは「棺桶セールスマンのスミッツ氏」。彼の断末魔のような嘆きの声が、これは想像だけれども頭の中で響いて離れずにいるのだ。悲しいものばかりではなく、ふふふ、と微笑むようなお話しもある。そのどれもが何故か温かみを帯びている。彩光を放っている。その美しく彩られた光は読み手を優しく包み込む。そんな癒しすら感じるのだ。
何かちょっと物思いにふけりたい時、カラリとベランダへの窓を開けて夜風にあたりながら星空を眺めるのだが、久しぶりにこの作品を読んだ後そんな気になり、ベランダに出て春の夜風にあたってみた。ひんやりしたでもほんの少し春の雰囲気を感じさせる夜風を感じながら、遠くに見える夜景に流れる車のランプを眺める。あの中にもそれぞれの人生があり、ひとりひとりの営みがある。そんなことを思いながら帯の問いかけをそっと呟いてみた。
「あなたは、何をする人ですか?」
装丁に惹かれて購入した本。この本はずっとそばに置いておこう。そして棺桶に入れてもらう本の1冊に加えてもらおう。
気になっている方、是非読んでみてください。
読了日:2006年5月5日
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