江利子と絶対―本谷有希子文学大全集 本谷有希子/講談社
引き篭もりの少女・江利子と、“絶対”と名付けられた犬のコンビが繰り広げるぬるい日常を姉の視線から描く表題作『江利子と絶対』。頭髪に問題を抱えた中年男・多田と、その隣人の帰宅を生垣に潜んで待つ女・アキ子。ふたりの悲惨な愛の姿を過剰なまでのスケールで描き出した『生垣の女』。問題児でいじめっ子の波多野君と、その手下の僕と吉見君。3人の小学生が迷い込んだ、窓のない屋敷は…。手に汗握る殺人鬼との攻防を描く、ホラー傑作『暗狩』の3編を収録。
何なんだこれは。完全に毒気に当てられてポカーンとなってしまったではないか。呆ける、とはまさにこのこと。あまりにも本谷ワールドの凄さに追いつくのに必死で肩で息する状態。嗚呼、私もこんなんじゃまだまだだわ。
本谷有希子デビュー作である。「本谷有希子文学大全集」なのである。美しいブルーのカバーに毒々しい赤の帯。この帯に書き連ねられた内容紹介。…そそられる。その本能の趣くままにパラリパラリと読み始める。そこに繰り広げられるのは今まで読んだ本谷作品2作(『生きてるだけで、愛。』『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』)よりももっともっと力強い筆力で渾身の力を込めて書かれたであろう本谷ワールド。一言たった一言呟いてみる…「すげぇな」。これ以上なにも言えますまい。全てこの一言に込められているものを感じ取ってくだされ。
と、感想を書く以上はそういうわけにもいかないだろうし、ここは沸々と湧いてくる本谷有希子への熱い熱い思いをありったけ書かねばならんのだ。
ああ、やっぱりそれもだめだ。熱く語りすぎて結局は「読め読め読め!」と強要してしまうかのような感想になってしまうかもしれない。それはいかん。
ここは冷静に、冷静に。深呼吸。それでは3編それぞれの感想を。
江利子と絶対
引き籠りの妹・江利子と「絶対」と名付けられた犬との日常。姉の視点で描かれた江利子の不可解な言動と行動が恐ろしく正論を唱えて描かれる。なんだろ?江利子の言っていること、やっていること、端からみたら妙でおかしいのだが、彼女の言っていること決して間違ってはいないのだ。一歩外へ出るだけでも大変な勇気と労力を必要とする江利子。自分と葛藤する彼女の姿はか弱く今にもその灯火が消えそうな心許なさである。純粋で素直であるがゆえに社会との接触が困難になる。多少の腹黒さや妥協があれば渡ってゆける綱でさえ足元がおぼつかずそれ以上一歩を踏み出せず結局は立ち止まったまま。その一歩をやんややんやと周りや家族が「踏み出せ」と言っても本人はダメなのだ。簡単かもしれない一歩は非常に困難なのだ。そんな不器用な江利子が愛おしい。そしてそれを温かく見守る姉も良い。とても良い。
生垣の女
頭髪に悩みを持つ中年男・多田と、その隣人・本間を生垣の隙間に潜伏し待ち伏せるイカレタ女・アキ子との愛?の物語。もう何と言うかアキ子のイカレっぷりが凄まじい。いちいちその行動や言動に笑える。便座の一件とか(もう〜笑った。うん、まぁ気持ち分かるよ)、本間を探し「あいつを出しなせいよォオオオ!」と喚くさまとか、笑った。
そして多田。彼のこれまでの不幸っぷりがこれまた悲しい。飼い猫の名前が「菊正宗」ってことがもう素敵なのだが、その菊正宗との平穏な暮らしにアキ子がどかどか入り込んで平穏な生活をぶち壊す。さらに多田に襲いくる不幸の連続。菊正宗にもその余波が。ああ、もうここまで描いてしまうの?ってくらい容赦がない。でもやがて多田に訪れる初めての快楽と同時に湧きあがる感情。ああ、切ない。
暗狩
こ、怖い!ホラー的なもの少々苦手な私はもうぶるぶる震えながら歯をカチカチ鳴らしながら読んだ。とは大袈裟だがそれに近い心持ちで読んだ。いつも思うのだが、怖いものほど目が離せない。この心境は一体何なのだろう。先の展開が怖くて目をぎゅっとつむって、耳もしっかり塞いでその断末魔の叫びを聞かぬよう必死に防御するのに、だ。怖いもの見たさの衝動は抑えられないのだ。この先一体どんな最後が待っているのだ?とそりゃぁもう心臓バクバク躍らせながら読み進む。
小学生3人が迷い込んだある屋敷の秘密。殺人鬼との命がけのかくれんぼ。果たして殺人鬼から逃れることは出来るのか。死を覚悟したときそこに現れてくる自分の感情とのせめぎ合い。そして大人にどうしても抗えないもどかしさ、悔しさ。刻々と迫りゆく死の恐怖。そこに炙り出されるのは生への執着である。人は死と隣り合わせと分かっていても最後の最後まで生きる事への欲望を捨てられないのだ。その事切れる最期までも。問題児でいじめっ子の波多野君とぼくとのある作戦。そして迎えるラスト…圧巻である。
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とにかく内容に容赦ない。読み手がどう感じようがどう嫌悪感を持とうがお構いなしの作品である。それが好きな者にはたまらなく好きな作品になるだろうし、それはちょっと…って方にはもしかしたらトラウマになるかもしれない作品である。手放しで褒めちぎっている私は当然前者であり、これを読んでますます本谷有希子に惚れ込んでしまったのであるが、全部が全部そう感じるとは到底思えない。したがって私の感想をまんま鵜呑みにしないよう、ご注意申し上げる。
それでも読んでみたいとの興味が沸々と湧いてきたのなら是非読んでみて欲しい。
好き、嫌い、どっちに転がっても必ず思うはず…「すげぇな」、と。
読了日:2006年11月2日
かなりインパクトのあるデビュー作。やっぱり素敵でした。正直戸惑う部分もあったのですがそこをサラッと書いてしまう潔さみたいなものに惹かれます。
犬の名前に「絶対」、猫が「菊正宗」。もうそんなネーミングセンスにも惚れ惚れ。
本谷さん未読作品、残すは『ぜつぼう』のみ。こちらもぐるぐるされながら本谷ワールドの渦へと流されておりますです。
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