ひなたでゆるり

読書のコトとちょっぴり日々のコトブログ

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『あの子の考えることは変』本谷有希子

あの子の考えることは変
あの子の考えることは変
本谷有希子/講談社
“前代未聞のカタルシス。著者初の友情小説” 岸田&鶴屋南北賞受賞の気鋭が拓く小説の新境地。おかしな二人のヘンテコで切ない共同生活。

毎回本谷さんの書くものは不安定でそわそわしながらの読書(そしてイタイイタイと読む)。
いつも見事な吸引力で引きずり込まれてしまうのだけど、今回はその引力が半端じゃなかった。
語り手である巡谷と同居人である日田、対照的な(でも自意識過剰なところはいい勝負だわ)女2人のやりとりだったり、その暮らしだったり、心理描写が皮肉的でそこに笑いながらちょいとホロリしてみたり。
必死に生きてマスっていう姿が空回りしているのも哀しいなぁ。

でもでもこういうのって少なからず誰でも持っているのかも。
ラスト秀逸。やっぱり本谷作品大好き。

読了日:2009年8月15日
かりさ | 著者別ま行(本谷有希子) | comments(4) | trackbacks(0) | 

『幸せ最高ありがとうマジで!』本谷有希子

幸せ最高ありがとうマジで!
幸せ最高ありがとうマジで!
本谷有希子/講談社
第53回・岸田國士戯曲賞受賞作! 気鋭・本谷有希子のパルコ劇場デビュー作。 ある日突然やってきた得たいの知れない女によって抉れ出されるある一家の“不幸”。それはまるで、テロだった。

遭難、』では少々読むのに戸惑った戯曲だけど、今回は舞台での姿まで鮮やかに想像しながら読むことが出来て満足。

主人公の病んでいながらも底抜けに明るいさまが、逆に狂気を孕んでいてゾクゾク(ここがまた面白い)。
彼女の標的にされてしまったとある一家の、嘘とか秘密とかが曝される度に気の毒だなぁと思いながら笑っている自分。痛い、痛い、と思いながらもそれでも生きる人間の強さを感じました。

それにしてもこの主人公の女を永作さんが演じたのですねぇ。最初はイメージが湧かなかったけれど最後には見事はまっておりました。
いや〜あまりの面白さにこれはもうこうして文字を読むんではなくて実際に舞台を見てみたい!と激しく思いましたわ。

読了日:2009年6月12日

かりさ | 著者別ま行(本谷有希子) | comments(0) | trackbacks(0) | 

『遭難、』本谷有希子

遭難、
遭難、
本谷有希子/講談社
「トラウマ」のせい? 単なる「嘘つき」?
鶴屋南北戯曲賞、最年少受賞! 放課後の職員室。乗り込んできたのは自殺未遂の生徒の母親。「諸悪の根源」は誰なのか? 本谷有希子の話題の戯曲を完全収録。
所詮、人間は自分が可愛くて、自分に不都合なことが起こったり、窮地に陥ればどんな手段をとっても自己防衛をする。何か追い詰められるとすぐトラウマのせいにして、私が悪いんじゃないの、こんな私にしたアイツが悪いの、なんて。
でも。何でもトラウマのせいにしてないか?そのトラウマって本当にあったの?石原の台詞にある原因あっての結果であって、結果あっての原因じゃない、って。自分を正当化するためならばどんな嘘だってつくし、その嘘がいつの間にか自分の中で本当のこととして記憶のすり替えをなされていたりして。これって私が作った話だっけ?本当にあったことだっけ?なんて。人間なんて曖昧でいい加減な生き物だ。

本谷有希子の新刊は普通に小説かと思ったら戯曲だった。読みなれていない戯曲だから不安なのかと言ったらそんなことは全くなく、人物像も舞台設定もシンプルで分かりやすいだけにするりと入り込み、いつのまにか引きずられて…いや、引き込まれてしまう。本谷さん独特のシュールな笑いも堪能出来てこのパワー力はやはり健在だ、ふふふ。なんて満足するのである。けれども今までの作品の中でもここに蔓延る根っこの深さはどこまでもどこまでも続いていて、一旦その深さを知ってしまうとなかなか立ち去り難い。いつまでもそこに立ち尽くしてひたすら思考の海に溺れていくのである。
登場人物5人、舞台は職員室のみという狭い世界。この小さな世界で繰り広げられ、暴かれていく人間の本性。そこはやがて修羅場と化す。これでもかと畳み掛ける台詞の膨大さに圧倒され、そうして訪れる無言。そこには本谷有希子の思惑がちゃんとある。どのような効果が成されるかきちんと計算された思惑が。

凄まじいまでの性悪さ。自分をひたすら擁護するその自己愛の愛情をほんの一握りほどでも他人に分け与えられたらもっと楽なのに。もっとおおらかに生きられるのに。不器用さが逆に哀れである。
さて、そのトラウマにしがみついている人間からトラウマを解消させたら?その都合の良さを支えにして生きてきた人間からトラウマを取り去ってしまったら?あとはただただ訪れる虚無感。そこに迷い込んでしまった人間の弱さがやはり哀れでならない。

読了日:2007年6月7日
かりさ | 著者別ま行(本谷有希子) | comments(6) | trackbacks(3) | 

『ぜつぼう』本谷有希子

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ぜつぼう
本谷有希子/講談社
売れなくなった芸人の絶望の人生。希望よりも絶望することの方が生きる力に溢れているという人間の性を描く。

「俺は絶望しているがゆえに俺なのだ」
なんとなんと救いようのない俺なのだ。絶望のただ中にいてさらにその深みにずぶずぶはまる。脱する術もわからずただこうして絶望の中で苦しんでいる。いや、もしかしたらもうそここそが安住なのかもしれない。本谷有希子にしては少々毒気の少ない本書だが、それでも鬱々としたものは漂わせている。このぬるさ加減がまた絶妙。

お笑い芸人として人気絶頂を経験した戸越。けれどもそのウハウハな人気は次第に転落していく。天国と地獄を見た戸越はやがて絶望の波にのまれてゆく。絶望に打ちひしがれた戸越の心情が綴られ、読んでいるこちらまでその色に染まってしまう。絶望…果たして人間は本当の絶望を経験したらどうなっていくのか。
人間不信に陥り、対人関係が上手くいかなくなったとき人は社会を拒絶する。外に出ることすら困難になる。ましてや他人は自分の素性も顔も知っており、下手な行動も出来ない。これが戸越の場合実にやっかいなのである。陰の人生をただ生きていく人間に未来や希望など見出せないではないか。残るのはただ絶望のみ。

だが絶望男・戸越にもある日環境の変化が訪れる。鳩の人・妹尾との出会い。伝書鳩をサブマリンと呼ぶ謎のホームレスによって戸越の人生は少しずつ変えられていく。いや、もしかしたら変わるどころではいかなくなるラストの様子に多少の戦慄を覚えずにはいられない。後は読み手の想像と妄想に委ねられているが、何というかもう救いようがないんではないかとそればかり想像してしまい、後味のよろしくない感情が広がりゆくのだ。

絶望、なんて言葉普段使うだろうか。相当人生に悲観した自分を見なければそんな言葉は思い浮かばないのではないか。私はたった一度、絶望という言葉に支配されどうにもならなくなったことがある。まさに人生の岐路に立たされどっちかを選択せざるを得なくなったとき、そのどちらかを選びその選択した道を歩き出したとき、絶望が襲い掛かってくる。果たしてこの選択は間違っていなかったか?これで良かったのか?先に見えるのはただただ真っ暗な闇である。一筋の光さえ見えない。ガクリと膝を落とし崩れるという経験をしたとき絶望という感情が私をあざ笑うのだ。その絶望をどう振り払ったのか、どう立ち直りまた歩き出したのか、覚えていそうなものだがあまりにも辛すぎることはどうやら忘却の彼方へ葬り去ってしまうらしい。
たった一度のそれも数日間の経験でもこれほどにないくらいの辛い思いだったのに、戸越の場合2年である。2年!考えもつかない。想像も出来ない。2年ともなるとそれはもう絶望している自分に酔っているとしか考えられない。そんな不幸な自分に心酔することで、あまりにも辛過ぎる環境から少しでも楽になろうとするのだろう。ところがそこでも戸越は苦悶するのである。そう見られる事に鬱々と悩むのである。
シズミという掴みどころのない女との出会いにも戸越は心境の変化を見せる。だが掴み取ろうと手を差し伸べた一筋の光も彼の手からすり抜けてしまう。あまりにも不幸としか言えない彼のその後は果たして…。

絶望と苦悶の中でも彼は生きる。細々とだが生きる。人間の底力を見せられる。生きるとはもしかしたら絶望の連続なのかもしれない。
誰しもがその心に眠らせている、あるいはすでに起きてしまっている心情を、事細かに描いてみせる。相変わらずのその筆力には圧巻。ぐいぐいと引き寄せる力にはきっと抗えないであろう。ここは著者に完全に身をまかせて浸るが良い。

読了日:2006年11月14日
かりさ | 著者別ま行(本谷有希子) | comments(6) | trackbacks(6) | 

『江利子と絶対』本谷有希子

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江利子と絶対―本谷有希子文学大全集
本谷有希子/講談社
引き篭もりの少女・江利子と、“絶対”と名付けられた犬のコンビが繰り広げるぬるい日常を姉の視線から描く表題作『江利子と絶対』。頭髪に問題を抱えた中年男・多田と、その隣人の帰宅を生垣に潜んで待つ女・アキ子。ふたりの悲惨な愛の姿を過剰なまでのスケールで描き出した『生垣の女』。問題児でいじめっ子の波多野君と、その手下の僕と吉見君。3人の小学生が迷い込んだ、窓のない屋敷は…。手に汗握る殺人鬼との攻防を描く、ホラー傑作『暗狩』の3編を収録。

何なんだこれは。完全に毒気に当てられてポカーンとなってしまったではないか。呆ける、とはまさにこのこと。あまりにも本谷ワールドの凄さに追いつくのに必死で肩で息する状態。嗚呼、私もこんなんじゃまだまだだわ。

本谷有希子デビュー作である。「本谷有希子文学大全集」なのである。美しいブルーのカバーに毒々しい赤の帯。この帯に書き連ねられた内容紹介。…そそられる。その本能の趣くままにパラリパラリと読み始める。そこに繰り広げられるのは今まで読んだ本谷作品2作(『生きてるだけで、愛。』『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』)よりももっともっと力強い筆力で渾身の力を込めて書かれたであろう本谷ワールド。一言たった一言呟いてみる…「すげぇな」。これ以上なにも言えますまい。全てこの一言に込められているものを感じ取ってくだされ。
と、感想を書く以上はそういうわけにもいかないだろうし、ここは沸々と湧いてくる本谷有希子への熱い熱い思いをありったけ書かねばならんのだ。
ああ、やっぱりそれもだめだ。熱く語りすぎて結局は「読め読め読め!」と強要してしまうかのような感想になってしまうかもしれない。それはいかん。
ここは冷静に、冷静に。深呼吸。それでは3編それぞれの感想を。

江利子と絶対
引き籠りの妹・江利子と「絶対」と名付けられた犬との日常。姉の視点で描かれた江利子の不可解な言動と行動が恐ろしく正論を唱えて描かれる。なんだろ?江利子の言っていること、やっていること、端からみたら妙でおかしいのだが、彼女の言っていること決して間違ってはいないのだ。一歩外へ出るだけでも大変な勇気と労力を必要とする江利子。自分と葛藤する彼女の姿はか弱く今にもその灯火が消えそうな心許なさである。純粋で素直であるがゆえに社会との接触が困難になる。多少の腹黒さや妥協があれば渡ってゆける綱でさえ足元がおぼつかずそれ以上一歩を踏み出せず結局は立ち止まったまま。その一歩をやんややんやと周りや家族が「踏み出せ」と言っても本人はダメなのだ。簡単かもしれない一歩は非常に困難なのだ。そんな不器用な江利子が愛おしい。そしてそれを温かく見守る姉も良い。とても良い。

生垣の女
頭髪に悩みを持つ中年男・多田と、その隣人・本間を生垣の隙間に潜伏し待ち伏せるイカレタ女・アキ子との愛?の物語。もう何と言うかアキ子のイカレっぷりが凄まじい。いちいちその行動や言動に笑える。便座の一件とか(もう〜笑った。うん、まぁ気持ち分かるよ)、本間を探し「あいつを出しなせいよォオオオ!」と喚くさまとか、笑った。
そして多田。彼のこれまでの不幸っぷりがこれまた悲しい。飼い猫の名前が「菊正宗」ってことがもう素敵なのだが、その菊正宗との平穏な暮らしにアキ子がどかどか入り込んで平穏な生活をぶち壊す。さらに多田に襲いくる不幸の連続。菊正宗にもその余波が。ああ、もうここまで描いてしまうの?ってくらい容赦がない。でもやがて多田に訪れる初めての快楽と同時に湧きあがる感情。ああ、切ない。

暗狩
こ、怖い!ホラー的なもの少々苦手な私はもうぶるぶる震えながら歯をカチカチ鳴らしながら読んだ。とは大袈裟だがそれに近い心持ちで読んだ。いつも思うのだが、怖いものほど目が離せない。この心境は一体何なのだろう。先の展開が怖くて目をぎゅっとつむって、耳もしっかり塞いでその断末魔の叫びを聞かぬよう必死に防御するのに、だ。怖いもの見たさの衝動は抑えられないのだ。この先一体どんな最後が待っているのだ?とそりゃぁもう心臓バクバク躍らせながら読み進む。
小学生3人が迷い込んだある屋敷の秘密。殺人鬼との命がけのかくれんぼ。果たして殺人鬼から逃れることは出来るのか。死を覚悟したときそこに現れてくる自分の感情とのせめぎ合い。そして大人にどうしても抗えないもどかしさ、悔しさ。刻々と迫りゆく死の恐怖。そこに炙り出されるのは生への執着である。人は死と隣り合わせと分かっていても最後の最後まで生きる事への欲望を捨てられないのだ。その事切れる最期までも。問題児でいじめっ子の波多野君とぼくとのある作戦。そして迎えるラスト…圧巻である。

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とにかく内容に容赦ない。読み手がどう感じようがどう嫌悪感を持とうがお構いなしの作品である。それが好きな者にはたまらなく好きな作品になるだろうし、それはちょっと…って方にはもしかしたらトラウマになるかもしれない作品である。手放しで褒めちぎっている私は当然前者であり、これを読んでますます本谷有希子に惚れ込んでしまったのであるが、全部が全部そう感じるとは到底思えない。したがって私の感想をまんま鵜呑みにしないよう、ご注意申し上げる。
それでも読んでみたいとの興味が沸々と湧いてきたのなら是非読んでみて欲しい。

好き、嫌い、どっちに転がっても必ず思うはず…「すげぇな」、と。

読了日:2006年11月2日


かなりインパクトのあるデビュー作。やっぱり素敵でした。正直戸惑う部分もあったのですがそこをサラッと書いてしまう潔さみたいなものに惹かれます。
犬の名前に「絶対」、猫が「菊正宗」。もうそんなネーミングセンスにも惚れ惚れ。
本谷さん未読作品、残すは『ぜつぼう』のみ。こちらもぐるぐるされながら本谷ワールドの渦へと流されておりますです。
かりさ | 著者別ま行(本谷有希子) | comments(10) | trackbacks(4) | 

『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』本谷有希子

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腑抜けども、悲しみの愛を見せろ
本谷有希子/講談社
「お姉ちゃんは最高におもしろいよ」と叫んで14歳の妹がしでかした恐怖の事件。妹を信じてはいけないし許してもいけない。人の心は死にたくなるほど切なくて、殺したくなるほど憎憎しい。三島由紀夫賞最終候補作品として議論沸騰、魂を震撼させたあの伝説の小説がついに刊行。

うわーーーっ。なんだ、コレ。面白すぎる。揃いも揃ってみんな狂っている。狂気に満ちた世界がこれでもか、これでもかと容赦なく展開される。
恐るべし、本谷有希子。彼女にすっかり心酔してしまった私のこれから書く感想は、本書を好きになれなかった方には疑問の嵐であるかもしれない。ご容赦を。

この作品を読む前に『生きてるだけで、愛。』を読んだ。本谷さんの紡ぐ文章がものすごく肌に合って何故か心地良かった。もしかしたら本作も相性良いかもしれない。そんな予感を持って読み始めた。インパクトある表紙イラストに少々引き気味ながらも。そうして開かれた本谷有希子の世界はここでもとんでもない人間が生きていた。すごい。いや、すごいなんてもんじゃない。凄まじい。女の情念が色濃く描かれことさら激しい。妄想ぶりもここまでくると狂人である。良くもここまでこんな世界を思いつくものだなぁとむしろ感心してしまうほどの筆力。それはたぶん、本谷さんが劇団という世界に生きる人間だからなのではないか。表現力の豊かさを求められる演技。その台本を書くこと。セリフのひとつひとつにも抜かりはあってはならない。全てに渾身の力が込められていてその怨念みたいなものが読み手をただただ圧倒させる。

プライドが高く、激しく自意識過剰な長女澄伽(すみか)、家族の幸せのためならばどんな手段も厭わない長男宍道(しんじ)、か弱くも底知れぬ秘めたものを持つ次女清深(きよみ)、孤児であり不幸な人生を歩んできた宍道の妻待子。この4人の織りなすさまは狂気とかなりの毒を持って読み手をその恐怖の世界へと引きずりこんでいく。これでもか、これでもかとリアルな描写を描き続け、それは一向に休まることなく速度をさらに上げて突き進む。このスピード感がたまらなく心地良い。好きな者にはたまらないくらい最高に読めるし、全く受け付けない者には苦痛の何ものでもないだろう。ここで好き嫌いがパカンと割れるのかもしれない。と勝手に想像してみる。

全体にかけて澄伽の「何を根拠にそれだけの自信を持ちえるのだ?」とひたすら疑問に思う我侭ぶりが天晴れだが、もっと天晴れな展開が待ち受けている。驚愕の、と言ってもきっと過言ではないはず。こいつが一枚上手だったか…とその天晴れな行為に拍手ものなんである。そうして澄伽のなれの果てが哀れであり滑稽でもある。そのラストに至るまでの、至った後の鳥肌ものの気味悪さ、ゾクゾク感がたまらない。グロいものを見せられて嫌悪感を抱きつつも惹きつけられるものを無視出来ない。あまりにもそれは魅力的なのであった。

とにかくこんな陳腐な感想をぐだぐだ書くよりは「気になったらとにかく読め!」と書いておけばいいか、ともうこの筆を放り投げたいのが実際のところなんだが(自分で書いていて何を伝えたいのかわからなくなってきたから放棄寸前)、ここまで読んで下さったどちらかというと本書にあまり好意を持たない方は、何故私がこんなにテンション高いのかさっぱり理解が出来ないかもしれない。未読の方は私の絶賛の感想を信じ、期待度を高め読んでみたら実際には相性が良くなかったと苦情を言ってくるかもしれない(すみません苦情は受け付けていません。打たれ弱いのでそれだけは勘弁して下さい)。もしかしたら私と同じように著者に惚れ込んだ!という方もきっときっといるだろう。とにかく私はこの作品が好きである。惚れてしまったんである。
…ということで、最後にさらに声を大にして言ってしまおう。本谷有希子、すごいぞ!

読了日:2006年10月21日


来春映画化ということで、非常に興味があるんですが…長女役が佐藤江梨子さんですか。今はピンときませんが、きっとあのすごい女を演じてくれるんでしょう。期待していますよ!そしてこの『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』の舞台作品DVDが出ているんですよね。それを見てみたいです。
う〜んすっかり惚れてしまいました…。なんでしょう、この気持ち。とりあえず未読本を追いかけます。後は『ぜつぼう』と『江利子と絶対―本谷有希子文学大全集』かな。『江利子と絶対―本谷有希子文学大全集』は手元に欲しかったのでAmazonに注文しちゃいましたよ。他の作品も追々揃えたいと思っているんですけど…、ええ気長にね。
かりさ | 著者別ま行(本谷有希子) | comments(12) | trackbacks(6) | 

『生きてるだけで、愛。』本谷有希子

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生きてるだけで、愛。
本谷有希子/新潮社
ねえ、あたしってなんでこんな生きてるだけで疲れるのかなあ?過眠、メンヘル、二十五歳。人と人とがつながりにくい現代を生きるひとりの女の子の物語。芥川賞候補作。

人間って何で生きてるんだろうね。みんな規則正しくなんで生きられるんだろうね。朝ちゃんと起きて通勤し、与えられた仕事をちゃんとこなす。そんな当たり前のことにふと疑問を持ったことはあるだろうか。持つ人も当然いるだろうし、全く感じない人もいるかもしれない。中には当たり前の生活を送ることが困難な人もいる。規則正しく生活する人間を眩しく思い、それに比べて…と自己嫌悪に陥りもうそこから脱却出来ずに嫌悪感を膨らませるばかりなんだろう。
でもそんな人間でも必死なのだ。外からではわからない内側の病。それも精神の。「私鬱なんですー」って言えたら鬱にはならないよね。何だかわからないものが精神を蝕んでゆく。一体そこからどう脱却すればいいのだろう。その方法を手探りすれどその手は宙をかくだけなのだ。

なんとなく学校生活がかったるいと言う理由でまつげと鼻毛以外の体中の毛を剃るというなかなか理解のしづらいエピソードから始まる話し。もうここから主人公の突き抜けているところが気になってくる。そこから5千分の1秒の素敵な話しになって、ふむふむと納得していたら主人公の寧子は鬱になっちゃってた。この寧子がねぇすごいんだ。過眠症とメンヘルでほとんどをベッドの上で過ごし、家どころか部屋からすら出られない。住んでいるのは同棲相手・津奈木の家で何となく転がり込んで3年経っている。寧子はどうしようもない苛立ちを抱えていて日々津奈木に当たる。八つ当たりされている津奈木はどんだけひどいこと言われても覇気のない返事でやり過ごしている。おかしなカップル。だけど目が離せない。
とにかく良く良く読めば痛々しい話しなのだ。重たいし、彼女は一体いつそこから脱却出来るのだ?ともうきっとそんなこと途方もないことなんだ、と途中気がつかされてもそのなだれ続ける言葉の洪水の中でも希望の光を求めてみたりもする。だってこのままじゃ寧子はあまりにも救われない。彼女だってこんな自分は飽き飽きしているに違いない。出来るのならばこんな自分から離れたい、別れたいと思っているに違いない。その叫びにならぬ叫びが行間から聞こえてくる。

寧子が津奈木に言う「あたしはさ、あたしとは別れられないんだよね一生。」…ハッとさせられる。自分とはどんな人間であっても一生つきあっていかねばならない。どんなに嫌なやつだって頭がおかしくたって、だからじゃぁ別れて、って切り離すことが出来ない。それは確かに諦めなんだろう。ここまで思いつめてしまうってどれほどの苦痛なんだろうか、と考えてしまう。私だって人生いろいろあってその度生きるって何だよ、と思ったことはあれど寧子のように自分との付き合い方についてなんぞ考えたことはなかった。どんなに逆境に立たされても鬱にならず立ち直ってシャンと歩き出せる人間と、ほんのちょっとしたことでもうダメになってしまって鬱になってしまう人間の、その境界線は何だろう。彼女のこの嘆きは意表を突かれる。

メンヘルを扱う作品は今や珍しいことでもなく、意外に周りにもそういう人間は多く存在する。やはり鬱になってしまった幾人かの友人。ぽつぽつと語り出す彼女らの独白を電話のこちら側でただただ聞いてやるしか出来ない私は、この彼女らとでは何が違うのだろうかと空ろに考えてしまう。答えなどあるはずもない。そこから脱却出来ずに、かといって抗う気力も失いつつある彼女らの心の叫びを私はただただ聞いてやることしか出来ない。

ことごとく救いようのない主人公の痛々しさが必死さが何故にこんなにも愛おしくなってしまうのか。抱きしめれば治るわけじゃないけど、生きている苦しみから解放させてやれるわけじゃないけど、津奈木、寧子をしっかり抱きしめてやって!と思わず力強くエールを送る自分がいた。そして、冒頭の5千分の1秒の素敵な話しはここで用意されていたのか!と何故かそこに感動してしまう自分がいた。
もう1編『あの明け方の』。数年経った寧子と津奈木の物語なのか、はたまた全く別のカップルの話しなのか。それは定かにされないが、短くもホッとするようなほんのりとした温かさを感じる作品。

この著者の紡ぎだす言葉の力強さ、吸引力。こんなにも重たく痛いのに何故かあっけらかんとした明るさと笑い。いい意味で突き抜けている本書。私はとても好きである(この装丁も好き)。本谷有希子がすごい!思わずそう叫ぶ。

読了日:2006年10月21日


本作が芥川賞候補作になったとき、初めて著者の名を知りました。以来気になっていた作家さん。何でもご自分の名前を劇団名にしているのですね。「劇団、本谷有希子」だそうです。もうそれだけで自己主張強そうじゃないですか。で、そのイメージでこの作品ですよ。すごい作家がいたんだな!と私は感激に打ち震えているわけです。好みです、こういうの。
『生きてるだけで、愛。』を読んでいて、何となく絲山秋子さんの『逃亡くそたわけ』を思い出していました。同じメンヘルな主人公が出てくるだけ、ってだけですが文章の雰囲気とかね思い起こすものがあって。でも断然本谷さんのほうがぶっ飛んでますわ。その突き抜けた感が私にはたまらん。ちょっとこれは追いかけたい方です。とりあえず未読は全部読むつもりの威勢でいます。
かりさ | 著者別ま行(本谷有希子) | comments(16) | trackbacks(9) |