ひなたでゆるり

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『アクアリウムの夜』稲生平太郎

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アクアリウムの夜
稲生平太郎/角川スニーカー文庫
春の土曜日の昼下がり、親友の高橋と行った奇妙な見世物、“カメラ・オブスキュラ”。そこに映し出された水族館には、絶対にあるはずのない、地下への階段が存在した。恋人の良子に誘われて試したこっくりさんは不気味に告げる―「チカニハイルナタレカヒトリハシヌ」!“霊界ラジオ”から聴こえてくる謎めいたメッセージに導かれ、ぼくたち3人のせつなく、残酷な1年が始まる。

それはいつもの土曜日の放課後。けれどその日は何かが起こりそうな予感がした。全ての始まり。そしてそれは終わりを告げない。

読み終えてなお喪失感が広がる。語り手がそれまでの常軌を逸し、狂気に取り付かれた場合語られる言葉達も狂人のそれになる。読み手は一体どこに向かわされているのか、自分がどこに立たされているのか不安に駆られる。
カメラ・オブスキュラ、あるはずのない水族館地下への階段、こっくりさんの予言、霊界ラジオから流れるホワイト・ノイズ、白神教、そして水族館にあるという地下の謎。それらのキーワードが謎を深め彼らを異界へと導く。果たして水族館の地下にある謎とは…。

ハッキリと言おう。これら謎は決して伏線としてあるわけではない。ただの欠片として散らばっているだけである。それを読み手がどう集めて並べようがそれは形を成さない。解決されることを望むと裏切られる。実は私にはそれが実に心地良い。この不気味色に配された物語がなお一層の深い謎に包まれることに満足している。自分なりの妄想をさらに広げるのだ。それに時間を費やすことになんら不満はない。それを無駄と感じる方には向かないのかもしれないが、一読し自身がどう感じるか試してみる価値はある。

深海に光が差し込んだかと思いきや、その光がすぐに翳る。また光は差すだろうか、それともこのままずっと暗闇の中を彷徨うだけなのか。希望の見えない日々をただ虚ろに過ごすしかないのか。空虚感はますます広がる。

読了日:2006年3月11日

↑画像では角川スニーカー文庫のものを使っていますが、私が所有しているのは1990年に刊行された書肆風の薔薇(現:水声社)のもの。水色のシンプルなカバーです。
ちょうど角川文庫から刊行されたとき、ハードカバーの存在を知りそちらを購入。今思えば何故2000円という高価なほうを買ったのか記憶にない。しかもそれを大事に本棚に収め数年間眺めるだけの日々だったのです。ようやく紐解きましたが、どうやら私は稲生さんの紡ぐ物語が好きなようです。次はどんな異界に連れて行ってくれるのか…次作は何年後になるかわかりませんが、待ち続けます。
かりさ | 著者別あ行(稲生平太郎) | comments(0) | trackbacks(0) | 

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