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『遮断』古処誠二

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遮断
古処誠二/新潮社
置き去りにされた子供を捜して戦場を北上する。生きているはずがない赤子のために命を賭けたのは、なぜか。極限下で、人は何を「信じる」ことができるのか?

古処さんの『ルール』が刊行された時、それまで著者が書かれてきたミステリとは全く違うジャンルに戸惑った。正直苦手分野である。小学生の頃読まされた『対馬丸』という作品があまりにも残酷で当時の私の年齢と同じくらいの子供たちがアメリカ潜水艦の攻撃により散りゆくさまに衝撃を受け、しばらく食事が出来なくなった。どんなにか苦しんだろう、痛かっただろう、と小学生なりの想像を精一杯し、鬱々と過ごした。その傷がわずかながらまだ疼いている。したがって戦争ものは拒否反応を起こす。(今では)わずかながらに、だが。
それからも何作品か読む機会はあった。折り重なる死体、そこにわく白いもの、焼け野原、無残な描写がさらに私を鬱々とさせる。完全なトラウマであった。

しかし、『ルール』は戦争ものだが今まで読んできた、読めと言われたものとは一味違った作品であった。苦手としながらも貪るように読んだ。人としての尊厳が崩れた時、人は一体どうなるであろうか。戦火を潜り抜ける兵士たちの心理描写が見事であった。心が震えるという感覚を初めて実感し、味わった。意識せず流れるものに戸惑いつつも無駄のない端正な文章にどれほどこの熱くほとばしるものを引き出すのだろうかと頭の奥で考えていたりした。実に素晴らしい。これほどの作品を書いてくれたこと、そして読めたことに感謝した。そして『ルール』以上のものはもうないのではないか、とさえ思った。『ルール』を越えるものを読みたい気持ちとそうでない気持ちがせめぎ合い、以降刊行された著者の作品を読めずにいた。別の拒否反応が起きてしまったのだ。

それから4年後。今こうして『遮断』の感想を書いている。いつしか薄れた拒否反応がわずかながら残っている事を自覚しながらも、手に取ろうと気持ちが動いた。かつて沖縄で起きたことを受け止めようと心して読み始めた。相変わらず無駄のないさらに均整のとれた端正な文体が懐かしく迎えてくれた。そうしてどっぷり入り込んだ。あの時と同じく寝食を忘れる勢いで貪るように読んだ。

防衛隊を逃亡した19歳の真市は戦友・清武の妻で幼なじみのチヨと再会する。そのチヨの手には抱かれているはずの赤ん坊の姿がなかった。どうやらはぐれたらしい。真市とチヨはその赤ん坊を捜すため部落へと戻る。
この戦火の中、乳飲み子が生きているはずがない。だが子を失った母親にそんな常識など通用しない。この手に再び子を抱くまで信念を捨てない。それが母親である。この揺るぎないものは何だろか。はたから見れば気が狂っているとしか思えない。が、母親ならばチヨと同じことをするだろう。そしてこの身をいとわず子に投げ出すだろう。この子のためならば命は惜しくない、とそれはもう理屈ではないのだ。その一念が胸を打たれる。

作中に差し挟まれるある人物からの手紙が、か細いながら一筋の希望の光となって読者を導く。一縷の望みを捨てずに行くチヨに引き付けられていく。子は生きているのか?生きているはずがないだろう、と思いながらどんどん先へ先へと導かれていく。その先に待ち受けるものをやがて理解するときの思いはどう表現すればよいだろう。

赤ん坊を捜し北上する途上出会った片腕と片足を失くした少尉。その少尉に銃を向けられ強制的に行動を共にすることになる。この少尉の存在が圧巻である。軍人らしいといえばらしい揺るぎない信念を生きるか死ぬかの瀬戸際でも捨てない。子を生きていると信じて疑わないチヨと同じく。絶対に相容れない真市と少尉の最後のやりとり。そして少尉の靖国への言葉は重かった。それまでただただ息をのむように感情を伏して文字を追っていたが、ここで一瞬にしてたがが外れ視界がぼやけた。いつしか味わったほとばしるもの、心の震えが再び襲った。それでも読む意識は止まらない。溢れるものを拭いもせずに読む、読む、読む。まるでそうしなくてはならないとでもいうかのように。何かに突き動かされるように読んだ。そのまま休むことなく最後まで。

「お前が責任を持って苦痛から解放してやれ」…この言葉の重み。その意味。たったこの一言は実に重い。極限状態において崩れ去ろうとする人間としてのモラル。最後までそれを保った少尉だからこそ放つことが出来た言葉である。それは真市にとっては切っ先のごとく深く深く射抜く言葉でもあっただろう。

最後、真市の言葉が痛く辛い。親である私にとってはなおさら。しかし、真市よ、それに幸せを感じるのはあまりにも寂しくはないか。幸せと信じる彼の姿が寂しくてならない。その哀れみにも似た感情はいつまでも沈殿し留まり続ける。

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『ルール』感想(2002/5/28)

読了日:2006年7月6日


先日発表された、第135回直木賞候補作にこの『遮断』が選ばれました。いつか読もうと買っておいたこの作品を今回急遽紐解くことになりました。相変わらず戦争を題材にしたものは苦手です。あまりにも自分がこの重たさに絡め取られて浮上することが出来なくなってしまうから。今読み終えてやはりこの作品の意味を反芻し続け立ち止まり続けていますが、やはり読んで良かった。読むべき作品でした。
「戦争という極限状態の下で、人は何を「信じる」ことができるのか?」…それは今の私には到底答えられるものではありません。同じ状況になってみなければその答えは出ないだろうし、簡単に口に出来るものでもありません。ただその答えを探し続ける事は出来るでしょう。
本当に素晴らしい作品です。好きな作家さんだから…という理由ももちろんありますが、こういう作品こそ直木賞に選んで欲しい。今一度戦争のこと、沖縄のこと、靖国のこと、考えてみるべきなのかもしれません。

古処さんの『ルール』以降の作品、『分岐点』『接近』『七月七日』少しずつですが、紐解こうと思っています。
かりさ | 著者別か行(古処誠二) | comments(12) | trackbacks(13) | 

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COMMENTS

Posted by ゆうき  at 2006/07/10 9:52 AM
こんにちは。TBありがとうございました。わたしも、小学生の頃、平和教育の盛んな学校にいて、たくさんの戦争ものを読まされたので、かなりトラウマになっています。「対馬丸」も覚えていますよー。辛い本でしたね。

職業柄、最近の子供向けの反戦本を読む事もあるのですが、昔わたしが読んだもののような凄惨な描写はあまりありません。ファンタジーやSFの要素が入って面白い本になっていたりもして、戦争の悲惨さが伝わるのだろうか?と、疑問に思うこともあります。年齢にあわせて、読むべき時に読むべき本を読めたらいいですよね。

この本は、大人が読むべき本だなあと思ったんだけど・・・でも、登場人物の3人って、19歳とか21歳とかなんですよねー。今の時代なら、まだ子供なのに・・・と思うと、また辛いです。ではでは。
Posted by リサ  at 2006/07/11 5:02 PM
★ゆうきさんへ
こんにちは!
ゆうきさんも「対馬丸」読まれていたのですね。
子供ながらに辛くて読むのが苦痛でした。
それでも戦争があったことは風化させてはならないですね。
子供にもきちんと読ませるべきかもしれません。

そうなんですよー、登場人物って19歳と21歳。
少尉の年齢知った時はそれだけで悲しくなりました。
はぁぁ今思い出しても胸に迫るものがあります。
Posted by june  at 2006/07/19 11:36 PM
私も主人公と少尉の年齢を知った時は、驚きました。
特に少尉はおじさんを想像してたので、21と知った時は不憫で不憫で・・。
タイトルの遮断の意味を知った時も辛かったんですが、それでも読んでよかったと思います。

子供に読ませたい戦争ものというと、「少年H」が思い浮かびます。
うちはまだ小学生なので、いずれ「少年H」をさりげなくすすめて、それから「遮断」にいってくれたらいいなと思います。

ところで「ルール」って、そんなにすごいのですね。
古処さんを「ふるどころ」と読んでいたくらいなので、知りませんでした。読んでみます!
Posted by リサ  at 2006/07/20 12:10 AM
★juneさんへ
同じく少尉の年齢を誤解していました。
「遮断」のタイトルの意味を知った時、またその時の
真市の気持ちを思った時辛かったです…。
中学生というとどこまでかつてあった戦争を理解しているか、
またはどう感じているか、深くは話したことはないので
分かりませんが、彼にもこの作品の意味は分かってくれるかな、と思います。

「ルール」は秀逸です。「遮断」よりももっともっと深いです。
同じくタイトルに込められた意味を知った時震えが止まりませんでした。ぜひぜひ!

古処さんって「こどころ」とは一発で読めませんよね。
私も最初は「ふるどころ」と読んでしまってましたもの(笑)
Posted by chiekoa  at 2006/07/20 4:22 PM
19歳とか21歳とか、その歳のころ自分が何をしていたか…。そんなことを考えるとすごく胸が痛みました。時代が違うからとか、自分たちはラッキーとか、そういうことじゃないですよね。

「ルール」読んでみます!
Posted by リサ  at 2006/07/20 11:21 PM
★chiekoaさんへ
こんばんは!
何と言うか本当に全て何を言ったところで虚しいというか。
どんなに言葉を並べても綺麗ごとになってしまって…。
重たい内容でしたが、しっかり受け止めようと思っています。

「ルール」是非!さらに重たいですが読むべき作品であります。
Posted by 藍色  at 2006/08/11 1:00 PM
リサさん、こんにちは。
時折りはさまれる手紙の一文に、
引っ張られるようにして、読み進みました。
私も戦争小説を読むのは苦痛ですが、
この作品は、読んでみてよかった1冊でした。

・・・図書館から借りて、ずっと延長していて、
ほかに読みたい人がいなかったのは、
悲しむべきこと、ですよね。
Posted by リサ  at 2006/08/12 12:29 AM
★藍色さんへ
こんばんは!
これは本当に素晴らしい作品でした。
あの手紙はなくてはならないですね。
戦争ものは辛いのですが、他の古処さんの作品も
読んでみようと思っています。

う〜ん、直木賞候補にもなったのに、人気ないのですかねぇ。
すごく残念です。年齢問わず是非手にとってもらいたいですね。
ちなみに長男(中3)はこれを夏休みの宿題の読書感想に
選びました。彼がどう感じるのか…それとなく聞いてみようと思います。
Posted by 莉絵  at 2006/08/24 12:40 AM
やっと読むことが出来ました。
そしてみなさんの感想が気になったので、(いつもはしないのですが)いろいろレビューを読んでみたのですが、わたしの解釈とかなりちがっていてとても衝撃的でした。
それだけ、いろいろ考えさせられる作品なのかもしれないですけど。
おススメの「ルール」は未読なので、ぜひ読んでみたいと思っています。
Posted by リサ  at 2006/08/28 3:44 PM
★莉絵さんへ
こんにちは!
お返事が遅くなりました。ごめんなさい。
先ほど莉絵さんのレビューを拝見したのですが、
何かもう一つの『遮断』を読んでいるようでした。
戦争ものになるとそれぞれの思いや重きが違うので
解釈も多種多様ですね。その度に勉強になります。
『ルール』はまた違った意味で凄まじい作品です。
是非!
そして莉絵さんの想いを読ませてください。
Posted by リン子  at 2006/10/30 1:29 AM
仕事を終え帰宅した深夜、リサさんのブログに御邪魔させて頂くのが私の日課となり、楽しみになってます。そして、今まで知らなかった作家さんとの出会いの場となってます。
古処誠二さんの名も初めて知りました。ですので、当然の事ながら「ルール」も「遮断」も未読です。これを機に必ず読んでみようと思いました。

リサさん、私に色々な作家さんの作品を読む機会を与えて下さり、本当に有難うございます。心から感謝しております。
Posted by リサ  at 2006/10/30 9:58 PM
★リン子さんへ
リン子さん〜いつもコメント嬉しいです。励みになります♪
お仕事の後の楽しみのひとつになってくれているとのこと、
もう〜感激です!少しでも仕事の疲れがとれる場所に
なっていればいいな、と思います。
未読の作家さん開拓、楽しいですよね。
私も読んだことのない作家さん作品の感想など読むと、それが好意的に
書かれていると読んでみたくなります。

古処さんは元はミステリ作家としてデビューされたのですが、
今は戦争もの中心の作品が多くなってしまいました。
デビュー作の『UNKNOWN』がとても好きでオススメなんです。
それ以上に『ルール』は秀逸です。そして『遮断』も。
無駄のない端正な文章、とても素晴らしいです。
機会がありましたら是非読んでみてくださいね。

いえいえ〜そんな…リン子さんにこそいろいろと素敵な作品を教えて頂けて
こちらこそ感謝なのですよ。
リン子さんの優しい言葉や文章がじんわり心に沁みて
私、かなり癒されています。私のほうこそリン子さんに感謝、感謝です。
これからもどうか遊びにいらしてくださいね。
コメントも是非お寄せくださいませ。いつも楽しみにしています♪

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