生きてるだけで、愛。 本谷有希子/新潮社
ねえ、あたしってなんでこんな生きてるだけで疲れるのかなあ?過眠、メンヘル、二十五歳。人と人とがつながりにくい現代を生きるひとりの女の子の物語。芥川賞候補作。
人間って何で生きてるんだろうね。みんな規則正しくなんで生きられるんだろうね。朝ちゃんと起きて通勤し、与えられた仕事をちゃんとこなす。そんな当たり前のことにふと疑問を持ったことはあるだろうか。持つ人も当然いるだろうし、全く感じない人もいるかもしれない。中には当たり前の生活を送ることが困難な人もいる。規則正しく生活する人間を眩しく思い、それに比べて…と自己嫌悪に陥りもうそこから脱却出来ずに嫌悪感を膨らませるばかりなんだろう。
でもそんな人間でも必死なのだ。外からではわからない内側の病。それも精神の。「私鬱なんですー」って言えたら鬱にはならないよね。何だかわからないものが精神を蝕んでゆく。一体そこからどう脱却すればいいのだろう。その方法を手探りすれどその手は宙をかくだけなのだ。
なんとなく学校生活がかったるいと言う理由でまつげと鼻毛以外の体中の毛を剃るというなかなか理解のしづらいエピソードから始まる話し。もうここから主人公の突き抜けているところが気になってくる。そこから5千分の1秒の素敵な話しになって、ふむふむと納得していたら主人公の寧子は鬱になっちゃってた。この寧子がねぇすごいんだ。過眠症とメンヘルでほとんどをベッドの上で過ごし、家どころか部屋からすら出られない。住んでいるのは同棲相手・津奈木の家で何となく転がり込んで3年経っている。寧子はどうしようもない苛立ちを抱えていて日々津奈木に当たる。八つ当たりされている津奈木はどんだけひどいこと言われても覇気のない返事でやり過ごしている。おかしなカップル。だけど目が離せない。
とにかく良く良く読めば痛々しい話しなのだ。重たいし、彼女は一体いつそこから脱却出来るのだ?ともうきっとそんなこと途方もないことなんだ、と途中気がつかされてもそのなだれ続ける言葉の洪水の中でも希望の光を求めてみたりもする。だってこのままじゃ寧子はあまりにも救われない。彼女だってこんな自分は飽き飽きしているに違いない。出来るのならばこんな自分から離れたい、別れたいと思っているに違いない。その叫びにならぬ叫びが行間から聞こえてくる。
寧子が津奈木に言う「あたしはさ、あたしとは別れられないんだよね一生。」…ハッとさせられる。自分とはどんな人間であっても一生つきあっていかねばならない。どんなに嫌なやつだって頭がおかしくたって、だからじゃぁ別れて、って切り離すことが出来ない。それは確かに諦めなんだろう。ここまで思いつめてしまうってどれほどの苦痛なんだろうか、と考えてしまう。私だって人生いろいろあってその度生きるって何だよ、と思ったことはあれど寧子のように自分との付き合い方についてなんぞ考えたことはなかった。どんなに逆境に立たされても鬱にならず立ち直ってシャンと歩き出せる人間と、ほんのちょっとしたことでもうダメになってしまって鬱になってしまう人間の、その境界線は何だろう。彼女のこの嘆きは意表を突かれる。
メンヘルを扱う作品は今や珍しいことでもなく、意外に周りにもそういう人間は多く存在する。やはり鬱になってしまった幾人かの友人。ぽつぽつと語り出す彼女らの独白を電話のこちら側でただただ聞いてやるしか出来ない私は、この彼女らとでは何が違うのだろうかと空ろに考えてしまう。答えなどあるはずもない。そこから脱却出来ずに、かといって抗う気力も失いつつある彼女らの心の叫びを私はただただ聞いてやることしか出来ない。
ことごとく救いようのない主人公の痛々しさが必死さが何故にこんなにも愛おしくなってしまうのか。抱きしめれば治るわけじゃないけど、生きている苦しみから解放させてやれるわけじゃないけど、津奈木、寧子をしっかり抱きしめてやって!と思わず力強くエールを送る自分がいた。そして、冒頭の5千分の1秒の素敵な話しはここで用意されていたのか!と何故かそこに感動してしまう自分がいた。
もう1編『あの明け方の』。数年経った寧子と津奈木の物語なのか、はたまた全く別のカップルの話しなのか。それは定かにされないが、短くもホッとするようなほんのりとした温かさを感じる作品。
この著者の紡ぎだす言葉の力強さ、吸引力。こんなにも重たく痛いのに何故かあっけらかんとした明るさと笑い。いい意味で突き抜けている本書。私はとても好きである(この装丁も好き)。本谷有希子がすごい!思わずそう叫ぶ。
読了日:2006年10月21日
本作が芥川賞候補作になったとき、初めて著者の名を知りました。以来気になっていた作家さん。何でもご自分の名前を劇団名にしているのですね。「劇団、本谷有希子」だそうです。もうそれだけで自己主張強そうじゃないですか。で、そのイメージでこの作品ですよ。すごい作家がいたんだな!と私は感激に打ち震えているわけです。好みです、こういうの。
『生きてるだけで、愛。』を読んでいて、何となく絲山秋子さんの『逃亡くそたわけ』を思い出していました。同じメンヘルな主人公が出てくるだけ、ってだけですが文章の雰囲気とかね思い起こすものがあって。でも断然本谷さんのほうがぶっ飛んでますわ。その突き抜けた感が私にはたまらん。ちょっとこれは追いかけたい方です。とりあえず未読は全部読むつもりの威勢でいます。
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