剣客商売 池波正太郎/新潮文庫
勝ち残り生き残るたびに、人の恨みを背負わねばならぬ。それが剣客の宿命なのだ剣術ひとすじに生きる白髪頭の粋な小男・秋山小兵衛と浅黒く巌のように逞しい息子・大治郎の名コンビが、剣に命を賭けて、江戸の悪事を叩き斬る田沼意次の権勢はなやかなりし江戸中期を舞台に剣客父子の縦横の活躍を描く。
魔力を秘めた作品である。一度紐解いてしまったら、この作品の中に生きる彼らから離れがたくなる。先が気になり一気に読んでしまいたくなるが、それが勿体無い。したがって1章を読み終えると丁寧に読み返す。
初めてに近い時代小説、「剣客商売」に出会えたことは最高の幸せである。この世界にどっぷり浸かっていられる時間の何と贅沢なことか。出来るならばずっとずっとこの幸福感に漂っていたいと願ってしまう。
ここに登場するのは老いらくの小男・秋山小兵衛とその息子・大治郎。若かりし頃はかなりの剣術使いであった小兵衛は老いて女を好み、孫ほどの年の離れたおはると生活を共にする。小兵衛60歳、おはる20歳。しかしこの二人、とてもお似合いなのである。互いを大切に思い、愛しみ合う姿はなかなかに感動させられる。そしておはるの可愛らしいこと。小兵衛を慕い時に嫉妬する場面など微笑ましい。小兵衛もおはるをいかに大切に思っているかがそこかしこに表れている。おはるの手を少しでも休ませようと自ら風呂を焚き、包丁をにぎり、茶を入れる。だが、おはるに溺れているだけでない剣客としての凄みも魅せてくれるのだ。小兵衛がおはるを、おはるが小兵衛を「本当に惚れているのだなぁ」と思うとくすぐったくそして幸せなふくよかな気持ちになる。時代小説にこんな思いをさせてもらうなんて、全く想像もしなかった。
小兵衛の息子・大治郎も気になる存在である。一本気な性格ゆえの不器用さ、ひとつひとつに悩みながらも成長していく姿…これからが楽しみ。そして女武芸者・佐々木三冬のこれからもどのように成長し、どんな女性になっていくのかが気になるし、楽しみなのである。
料理の描写も食欲をそそる。「浅蜊の剥身と葱・豆腐をさっとうす味に煮こんだもの」、お目ざの「もち米の粉をねって、小さくまるめた白玉を皿にとり、白砂糖をたっぷりふりかけたのと、熱い煎茶」…たまりません。今すぐにでも食したくなる衝動にかられてしまう。質素なのに魅力ある料理たち…。これからどんな料理が登場するのかこちらも楽しみなのである。
1話完結なので大変読みやすい。本書は全7編。連作短編であって長編のような自然な流れでこの物語は進んでいく。つまり登場人物たちもゆるやかではあるが成長していっているのだ。特に精神面での成長。それは三冬の父への思い、息子・大治郎を案ずる小兵衛の親心などなど本当にゆるやかなのだけど確実に変化している。
たった1冊でまだまだ書き足りないくらいの思いが溢れているのだけれども…それはまたシリーズを追いながら綴っていこうと思う。
何はともあれ病み付きになるシリーズであること間違いなし。
読了日:2005年10月12日
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