Sweet Blue Age 有川浩 角田光代 坂木司他/角川書店
できたてのセカイと、憂鬱なわたしたちの物語。
いま、最も鮮烈な書き手たちからあなたへ。あわいあわい初恋から、あてのない夜の彷徨、性のかなしみまで、甘く憂鬱な「あのころ」を閉じこめた、7つのものがたり。
Sweet Blue Age…淡く甘やかな青春時代。誰もが通り過ぎるこの時期、あなたは今その真っ只中だろうか。それとも懐かしく思うのだろうか。
蜷川実花さんの独特な色彩を映し出す写真がカバーなこの作品、ブルーの表紙を開くと、そこに差し挟まれた甘いピンク色の標題紙が意表をつく。そこに印字された銀文字のタイトル…もうそれだけでお気に入りである。
有川浩・角田光代・坂木司・桜庭一樹・日向蓬・三羽省吾・森見登美彦…7人の紡ぎだす青春の物語。作者それぞれが描くBlue Ageの頃。それはどれも眩しくちょっと切なく、きゅっと胸を締め付けたりもする。普段アンソロジーを読む機会のない私にとって、この作品は懐かしく遠い記憶をよみがえらせちょっとノスタルジックな感傷に浸ることが出来た。あまり思い出したくない痛い思い出から、今でもふわふわ浮かんでしまいそうな甘い思い出までそれはそれは年の数だけ経験した者の特権なのだろう。今青春を謳歌している(あるいはそれゆえに苦しんでいる)若い世代にもきっと呼応するものがあるはず。
まずはそれぞれの感想から。
「あの八月の、」角田光代
学生時代というのは何故にあんなに楽しいものだったのだろう。もちろんそれを通り過ぎて思い返して得られる感想なのだが、あの無邪気に日々を過ごしていた自分が誇らしくさえある。些細なことに喜んだり、悩んだり、悲しんだり…そして友達に支えられて立ち直ったり。そう友達の存在は大きかった。今でも付き合いのある友達はその頃のバカやっていた頃の友人なのだ。お互い思い返して語るのも恥ずかしいくらいの青い小娘だった。それを思い返してみることもたまにはいいかもしれないな、そんなことを思ってみたり。
「クジラの彼」有川浩
あの有川さんである。当然(と言うべきか)自衛官が出てくる(にんまり)。潜水艦が出てくるのだが、嫌な予感がしたのだ。思い当たって積読の『海の底』を取り出し、冒頭の登場人物の名前を確認。あららー予感的中。「海の底」読んでいた後だったらもっともっとにんまり出来たんだろう。まぁ順番はどうであれ、関連性があるということで、すでに「海の底」を読まれている方には嬉しいプレゼントである。で、この恋愛はちょっと辛すぎる。揺るぎない信頼を軸にしていないと危うい。こういう恋人きっと幾人もいるんだろう。頑張れ!と応援したくなる。
「涙の匂い」日向蓬
今思い返しても鼻の奥がつんとする話しだった。「あの頃の」私を描くという題材にして最もこれが秀逸なのではないだろうか。不器用な男の子への淡い恋心。複雑な環境に翻弄され、子供達はその波に抗えずただただ流されるだけ。その無力さが切ない。ここに登場する「コークス」を懐かしく思った方は同年代だね(笑)私は小学2年までこのコークスストーブの経験がある。日直は石炭を教室まで運ぶ仕事があり、火熾しなんかもやっていたんじゃないかな?遠い昔のことでうろ覚えなんだが。今の子供達には考えられないことだろう。あの匂い、もし嗅ぐことがあったらどうだろう、その頃のことをふと思い出すことがあるんだろうか。匂いと記憶は密接であるから。
ものすごく素敵な話しだっただけに最後の部分は読みたくなかった。急に現実に引き戻された感じがして…。それでもしみじみする物語である。
「ニート・ニート・ニート」三羽省吾
この7つの物語の中で一番突飛で突き抜けている。激しく心を動かされてしまった。絶対自分とは接点のない世界なだけに惹かれるものがあったのだろうか。それとも作者の描き方が巧妙なのだろうか。この先どうなっていくのか今後を読んでみたくて仕方がない。モコモコモコ…泡怪獣のくだりは最高に面白い。
「ホテルジューシー」坂木司
卒業旅行への資金繰りのためアルバイトをすることになった主人公がバイトに決めた先は沖縄の宿。そこで出会う人々や主人公の成長が描かれる。坂木さんといえば「ひきこもり探偵」である(「青空の卵」「仔羊の巣」「動物園の鳥」)。そしてここでもひきこもり探偵ファンのためのプレゼントが用意されている。そう!あの人が登場するのである。あんなもの持っているのはあの人しかいないもん、すぐ分かる。思わずその人が登場する本をパラパラ読み返したくらい。ちょっとしか出てこないのは残念だけど。
この沖縄の風土なのか住んでいる住人みんな穏やかでゆったり。双子ばあちゃんなど最高である。坂木さんが女の子を主人公にして描くのは初めて(だと思うが)なので、ちょっと違和感を感じつつも最後にはしっくり楽しめた作品であった。
「辻斬りのように」桜庭一樹
ほわんとした朝食のシーンがたまらなく好きである。ぼんやりしているお父さんもなかなか。私の父のようである(母は厳しかった。あ、今も生きています。今はずいぶんまぁるくなったのだ)。このまんまどう描いていくのだろう、と思っていたら…そうなんだ、そういうことになってしまうのか。まぁ男でいう性欲の塊の女版?ということだ。女だってそういうことはある。それはオブラートにきちんと包まれて見え隠れさせている大変慎ましやかな欲なのである。昔はね。そんな女はこうあるべきだ、とされていた時代のお話し。星のように無数に散らばる七竈の白い花…夜、それを見上げながらの行為はなかなかに美しい。7人の代償はあまりにも酷であるが、彼女がそれを受け入れるのならばいいのだろう。何となく悲しみが漂う。
「夜は短し歩けよ乙女」森見登美彦
何とまぁ不思議なオモチロイお話しだろうか。現実とファンタジーが入り混じった不思議な世界である。やんややんやとやっているところを読んでいてふっと思い描いた映像が「千と千尋の神隠し」の銭湯のシーンである。始めは普通に始まったのだ、それがだんだんとおかしな方向へ歩みだし、こちらまでどこか見知らぬ路地に迷い込んだようなぐるぐるした感覚になってしまうのだ。これは面白かった。未知なる味「偽電気ブラン」(電気ブランだって未知だが)、その芳醇なる香りや味はどんなだろう。どうか彼女と彼がその後仲良くなれますように。
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さて、この7つの物語の中で好きなものをあげるとしたら、三羽さんの「ニート・ニート・ニート」、日向さん「涙の匂い」、森見さん「夜は短し歩けよ乙女」である。三羽さんの文章はインパクトがあり、スピード感も抜群である。実は初めて読む作家さん。作品を調べてみたら…あ、『厭世フレーバー』を書いた作家さんだったのか。これは要注目な作家さんであろう。
日向さんはあまりにもノスタルジックに切なく文章を紡ぐので、他の作品が気になるところ。
森見さんは以前オススメしていただいた作品を今後読む予定。なかなかに独特な世界観をお持ちのようなので、楽しみである。
1冊で数粒の楽しみが味わえるアンソロジー、今後機会があったら手にとってみよう。そこからまた広がる世界がある。
読了日:2006年4月20日
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