2012.05.10 Thursday
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読書のコトとちょっぴり日々のコトブログ
東京・山の手の伝統あるお嬢様学校、聖マリアナ学園。校内の異端者だけが集う「読書クラブ」には、長きにわたって語り継がれる秘密の〈クラブ誌〉があった。そこには学園史上抹消された数々の珍事件が、名もない女生徒たちによって脈々と記録され続けていた――。今もっとも注目の奇才が放つ、史上最強にアヴァンギャルドな“桜の園”の100年間。ああ、ごめんなさい。読み始めてからちらちら見え隠れするものを払拭しようとすればするほどどうしても拭い去ることが出来なかった。したがって私のこの作品の印象はあるアニメのものに重なってしまった。
捨て子だと思っている小学校4年生の育生、妙ちきりんな母親、そのとぼけたボーイフレンド、不登校の同級生、血の繋がらない親子を軸に、「家族」を軽やかなタッチで描く。坊ちゃん文学賞大賞受賞作に書き下ろし1編を収録。瀬尾さんのこれがデビュー作なんだ。と妙にしみじみとひたひたと感じ入ってしまった。瀬尾さんらしさというのがもうここから形成されていたのだなぁ、と。
吉原の遊女・朝霧は、あと数年で年季を終えて吉原を出て行くはずだった。その男に出会うまでは…。生まれて初めて男を愛した朝霧の悲恋を描く受賞作ほか、遊女たちの叶わぬ恋を綴った官能純愛絵巻。このところどうにもこうにも文章が上手く綴れず悶々としていた。脳の中で溢れ出る言葉をつかみ取り文章にしていくことがこんなに難しいだなんて。この手の平からぽろぽろこぼれていく言葉たち。
「パパのために、自分の夢をだめにしたくないの」。ママの声は小さかったけど、その言葉はヨアキムの胸を刺した。病院に入院しても、パパの心の病はなかなか快復しない。泣いてばかりのパパ。泣くことを教えて、と言うママ。北欧の厳しく美しい自然の中で紡がれる、おとなと子どもの物語。どうして大人は子供に何でも秘密にするんだろう。どうして大切なことを話してくれないのだろう。
パパは泣いていた。「ぼくは自分の生徒たちが怖いんだ」それからパパは、しばらく先生の仕事を休むことになった。そしてときどき、夜中にふらりと、いなくなってしまう。木靴をはき、ウインドヤッケを着て。近所に行くときの木靴。遠くへ行くときのウインドヤッケ。近くと遠く。いったいどこをさがしたらいいんだろう。そんなときはいつも、あの鳥が、ヨアキムの夜をおおった。酒井駒子さんの美しいイラストが目を惹く。ヨアキムの心の不安や怯えを色に変えてみたらこんな雰囲気なのだろう、きっと。違和感なくトールモーの紡ぐ世界に入り込む。
祖母の家の地下室で見つかった数千枚のレコードと十一冊のノート。記されていたのは、十七世紀アフリカに始まるある楽曲の、壮大な歴史。薫子は、運命に翻弄され世界を巡ったこの楽曲と、それを採取した風変わりな祖先の来歴を辿り始めるが―(「沈黙」)。古川日出男の紡ぐ壮大な世界。その徹底した悪と、どこまでも深い愛と。
キッチンカウンターの向こうの彼女に、ぼくは胸を焦がした。字の読めない彼女のために、ぼくは物語を書き始める。はかなく静かな恋愛小説(「アビシニアン」)。
壮大で深遠な幻想世界。
「ずっと本と一緒だった。だから大切な思い出は、必ず本と結びついている」 4歳から14歳までに出会った本を手がかりに、その時々の自分を振り返って描写していくセルフ・ポートレート。華恵さんの『小学生日記』があまりに素敵で、その華恵さんの感性に惚れ込んでしまった私は積んであった本書を紐解くことにする。
授業で先生に指されても、ニコニコするばかりで決して声を発しない女の子、エリカちゃんとの出会いと別れを描いた「ポテトサラダにさよなら」。日本での新生活に戸惑う兄を描く「モトイと日本語」。フリマ、学校でのいじめ、受験、NY大停電…。ナイーブでまっすぐな眼差しと、何よりも端正でみずみずしい表現力!天才作文家とうたわれ各紙誌で絶賛されたhanae*ちゃん、奇跡のデビュー作品集。どうしよう。
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